くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2017/12

『yuki散歩 part1』2011年12月(弘前市内建築物ほか) 『yuki散歩 part2』2011年12月(弘前市内・東京建築物ほか) 『yuki散歩 part3』2012年5月(弘前市内建築物ほか) 『yuki散歩 part4』2012年11月(弘前市内建築物ほか) 『yuki散歩 part5』2013年6月(七戸市内建築 ...

一見何でもないものがYUKIさんの目を通すと面白く見えてくるブラユキ写真館のお時間です。長年続けてきましたが、偶然見つけたものばかりなので、正直ネタ切れです。 藤崎町にある千葉板金工業所。 模型が飾られているのはともかく… 大きな熊が!!道路沿いなので ...

地方の寺社仏閣巡りあるある早く言いたい。 【地図を見なくても鎮守の森や巨木によって神社の場所がわかる】 【むしろ不自然に残されている森や巨木の付近には地図に載っていなくても大概が神社ある】 【神社の場所はわかるけど、入口を見つけられない】 【入口はわか ...

神社巡りをしていると… 地図にはあるけど現存していなかったり… 地図にはないけど神社があったり… 着いたら地図とは違う名の神社であったり… 歴史上存在していたが現在はその行方が不明であったり… そんなことがよくあります。地元の方々に会えば、色々と丁寧に教えて ...

弘前市土手町のルネス。アベニューよりルネス街の方がしっくりきますが、中央弘前駅の利用者にとってはまさにアベニュー。鉄骨造4階の建物は昭和55年2月完成、平成18年10月に改築をしています。 中土手町のホームワークス側(PART2)から見るとすっかり変貌を遂げましたが ...

三戸町二日町。 旧第九十銀行三戸支店は大正13年(1924)に建てられた近代建築。 木造2階建、寄棟、金属板葺きの建物。外壁には黄色と茶色のタイルが巧に張られ、銀行建築にしては独特な雰囲気を持ちます。 屋根にはドーマ、縦長の窓など洋風建築の要素を ...

国登録有形文化財の村井家住宅主屋。 南部町大向字泉山道。青い森鉄道三戸駅の駅前通りにあります。 木造2階建モルタル仕上げ。建築面積(1階)144㎡。全体的に老朽化が感じられますが、大正モダニズム時代の和洋折衷の優れた住宅。 東京の遠藤氏という方により ...

山形県米沢市金池。住宅街にある普通の公園かと思ったら、門には「北山原殉教治」「米沢カトリック教会墓地」とありました。 慶長の禁教令(1612年)以来、諸藩にキリスト教禁教が通達され、東北諸藩も元和6年(1620)の陸奥仙台藩をはじめとして取締りを強化。出羽米沢 ...

旧米沢高等工業学校本館。 明治43年に建てられた近代建築で、東京・大阪・京都・名古屋・熊本・仙台に続き、全国で7番目の高等工業学校として開校。昭和19年に米沢工業専門学校に名称が改称し、昭和24年に山形大学工学部に組み込まれました。設計は中島泉次郎で木造2階 ...

「湯杜匠味庵山川」さんに宿泊し、観光マップ片手に小野川温泉街を散策してみました。 まずは宿泊した「湯杜匠味庵山川」さんのギャラリー蔵にてお勉強。 今上天皇がお泊まりになったことがあるようで、お食事されている写真や小野川スキー場でスキーを楽しんでいる写真が ...

山形県米沢市小野川町。 明暦年間(1655-1658)、もしくは慶安3年(1650)創立の新義真言宗(真言宗豊山派)長栄山金乗院は、温泉の守護神薬師如来像を安置。上杉藩になってから創建された寺であり、それ以前は同じく真言宗の寺である福健寺があったそうですが焼失してい ...

山形県米沢市小野川町。 小野川温泉の中心に鎮座。 東は「名湯の宿 吾妻荘」西は「旅館春木屋」北は「尼湯」南は「金乗院」に挟まれた場所。 小町の休み石。 小町の休み石…『承和元年、小野小町は父を訪ね京から旅に出るが、この地で病に伏しこの石に休んだが、霊泉を ...

明治初年に大井沢村(西川町大井沢)から当地に移り、昭和7年小野山大黒天本山と称して信仰を集めました。大日寺(西川町大井沢)は明治元年(1868)の神仏分離令により寺号を廃し、湯殿山神社(大日寺跡湯殿山神社)となり、御本尊の大日如来・阿弥陀如来・観世音菩薩の3像 ...

清々しい天気だったので久渡寺山に登ってきました。 今回のルートは王道のコース(1.5km)です。 もちろん、こどもの森売店にてラーメン&こんにゃくを食べてから向かいます。 正面石段。 石段は登らずに左の学習植物園・ビジターセンターの方へ向かいます。 鳥居 ...

NAMIKIのジェラートを食べながら向かった先は牧場内の馬頭観音堂。ちなみに以前の関連記事と同日ではなく、いずれも別の日に訪れてます。よって1日でたくさんジェラートを食べているわけではありません。 三頭木。 参道。 盛田家が農場経営を開始した明治初期頃に ...

NAMIKIのジェラートを食べながら向かった先は牧場内の稲荷神社。 膝森稲荷大明神。 膝森の蒼前神社競馬が盛んになって盛田家でその育成に意を用いるようになった頃に建てたといいます。 すぐ近くにある有名な馬頭観音堂の由緒には「盛田家の稲荷大明神を移築するま ...

『新山神社(十和田市赤沼)』からの続き。 新山神社境内から赤沼備中守霊廟に向かいます。 新山神社の東北方約100mほどの地点にあります。 赤沼備中守霊廟。赤沼備中らの墓標と伝える3基の宝篋印塔と一部破片を納めた堂です。かつて神社の東側に点在していたものを集め ...

案内板より(赤沼の史跡)…『①新山神社:新山神社の縁起については延享元年(1744)新山別当が公儀江書上の下書には「書上之覚 一.当代新山権現起書留等御座無、先祖代々申伝候には、古昔五戸柳町(六戸)飛付石と申石と出現 右村近所鶴か峰と申所へ御移り、明応年中(149 ...

寺台にある曹洞宗保目山永興寺。御本尊は延命地蔵尊。 かつての寺台城址の一部で、城主馬場伊勢守勝政の墓があります。剣豪の小野忠明(徳川将軍家剣術指南役)縁の寺でもあります。 室町時代の応永5年(1398)開山の古刹。寺台城主の馬場伊勢守勝政の妻である藤原松女の ...

関連記事:『恵光院(南部町)』 年1度(8月20日)の御本尊(県重宝十一面観音立像)御開帳に訪れました。 南部町大向長谷。名久井岳の中腹に位置し、平安時代後期にこの地方で作られたとされる十一面観音像(県重宝)が安置されています。糠部三十三観音霊場第22番札所。 ...

関連記事:『長谷十一面観音堂(南部町)』 南部町大向長谷。真言宗豊山派宝珠山惠光院。御本尊十一面観音。南部町大向長谷。名久井岳の中腹に位置し、平安時代後期にこの地方で作られたとされる十一面観音像(県重宝)が安置されています。糠部三十三観音霊場第22番札所。 ...

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