くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2017/10

御祭神は羽山祇命。 大同2年(807)、坂上田村麻呂が花巻・稗貫地方の蝦夷討伐の際、戦勝祈願の為に羽山山頂に羽山祇命の分霊を勧請し堂宇を建て羽山大権現と尊号したものと伝えますが、別当専蔵院にあった旧記が嘉永2年の火災によって焼失しており、沿革は不明。薬師仏 ...

八戸市鮫町。蕪島北東の海岸は恵比須浜と呼ばれています。御祭神は事代主神。『日本むかしばなし』(鯨石)にも出てくる有名な神社。御神体は佛石(仏石・恵比須石)。拝殿は妻入、千木(外削ぎ)、鰹木5本。文化11年(1814)より毎年旧暦3月15日(現在は5月5日)を大祭と定 ...

三戸町貝守下田。 三嶽神社に向かうつもりが、道を間違ってたまたま辿り着いたという有難い熊野神社(笑)っていうか…確かに方向音痴ですが、どう見ても私の持っている地図の印刷ミスです。 由緒等は調べていません。地理院地図には載っています。近くには駒形神社 ...

元は白須村と称していました。 菅江真澄が次のように記しています…『白砂村からしらす越えの坂の途中に立つと、大沢という山の間から、ほのかに色どられた椿崎が遠く眺められるのもおもしろい。』 創建は元禄3年(1690)と伝えます。 御祭神は大山祇命。文政5 ...

『江の島 ~ 其の陸(奥津宮 / 神奈川県)』より。 岩屋へ向かいます。 変わった模様の鳥居(も組奉納)があります(魚見亭前付近)。 嘉永4年4月大安日創建、大正14年2月修理。 高木蒼梧の句碑「夏富士や晩籟神を鎮しむる」。 高木蒼梧の句碑…『高木蒼梧は江島神社 ...

『江の島 ~ 其の伍 (江の島大師 / 龍恋の鐘)』より。 立派なトイレ。 御手水舎。 亀がいます。 『この御手水舎は東京材木問屋熊野屋安兵衛の奉納で、耳ある亀を前柱の礎石に、銅葺き流れ造りである。鋳銅の亀は東京在住の青山建作氏が昭和54年参拝30周年を記念し ...

『江の島 ~ 其の肆(中津宮 / 神奈川県)』より。 高野山真言宗最福寺別院江の島大師。 金剛力士像。 地蔵菩薩。 慈母観音菩薩。 福島漁村の句碑。 『昔、この場所には江の島館という旅館があり、福島漁村はその旅館の主人でした。漁村は、間宮露軒(中津宮境内に ...

『江の島 ~ 其の参(児玉神社 / 神奈川県)』より。 中津宮へ向かう石段からの景色が素敵です。 石段途中の江島辯才天女上宮碑(文化元年)。 中津宮。 中村座寄進の石燈籠一対(天明2年5月)。 市村座寄進の石灯篭一対(安永6年11月)。 不老門再建記念碑。 不 ...

『江の島 ~ 其の弐(辺津宮 / 神奈川県)』より。 児玉神社(明治45年(1912年)創建)…『日露戦争で日本を勝利に導いた救国の英雄、児玉源太郎(1852-1906)をお祀りし、明治45年の創建以来、勝運の神として崇められてきました。御祭神は台湾総督在任時、善政によって ...

『江の島 (神奈川県)』より。 手水舎・石灯篭一対(寛政8年)。 辺津宮へ。 絵図。 辺津宮。 辺津宮は田寸津比賣命をお祀りしています。土御門天皇建永元年(1206)、時の将軍源實朝が創建。延寶3年(1675)に再建された後、昭和51年の大改修により、権現造りの現在 ...

参拝日は「ふじさわ江の島花火大会」のため大混雑!!ってことで全部は紹介し切れません。さて、江の島を最後に訪れたのは二十歳の時なので、もう5年以上は経ちます! まずは腹ごしらえ。 弁財天仲見世通り入口の青銅の鳥居。 寛保3年に朱塗りの木製鳥居が崩壊後、延享4 ...

南部町小向古町~南部町小向鱒沢。県道143号線。御札場跡~古町温泉近く。小さな案内看板あり。本三戸八幡宮裏手、小向館跡と馬場館跡の間。 猿辺川から先は徒歩で。 橋から見た猿辺川。 橋を渡って左に進むと鳥居が見えてきます。 聖寿寺館(本三戸城)があった頃のか ...

三戸郡南部町小向。 句碑がありました。 達筆にて読めず。 春松という方です。 参道鳥居。 拝殿が見えてきました。周囲は鬱蒼としています。 御祭神は誉田別命。例祭日は旧暦8月25日。 南部2代藩主實光公により城内守護・藩中安全の祈祷所として創建されたと伝えられ ...

三戸郡南部町小向正寿寺。三光寺境内。南部利康霊屋『桃山様式の華麗な建造物である。方2間、単層入母屋作り、コケラぶき。南面して建てられてある。正面の向拝には美しいカエルマタ(蟇股)がとりつけられ、木鼻のところに猿(サル)の丸彫がある。この種のものでサルが用 ...

南部町は、その名に面影を残すように、南部藩発祥の地として古くから発達してきた歴史の町。初代南部光行からはじまる中世南部氏の奥州入部時期については定かではないのですが、鎌倉時代の末頃までには北条氏の有力家臣として奥州に入部していた説が有力です。南北朝時代に ...

南部藩発祥の地、聖寿寺館跡。南部町正寿寺集落の南西。名久井岳を望む馬淵川沿いに位置。2017年7月にも中世アイヌ民族の印(シロシ)が施された中国産染付皿が出土し、館にアイヌが居住していた可能性が高まったとして非常に話題となりました。※聖寿寺館跡についてはまだ ...

県道45号線、宇藤坂から文治屋敷に向かう途中にある安方橋。住所は川守田宇藤坂と袴田文治屋敷の間で、猿辺川に架かります。 美しいアーチを描いていますが、川に降りなければうまく写真は撮れない感じ。 安方橋からの眺め。 広報さんのへ(2009/4)にその歴史が詳しく ...

田子町田子喜助ケ沢。田子舞手との境にあり、鳥居は田子舞手に位置します。 正面のここを上ってはダメですよ。誰も上らないですね。 脇の石段から境内に上がります。 石段。 正面は石段じゃありません(笑) 白山神社。 由緒等は調べていません。白山 ...

『三戸城址 ~ 其之参(三戸町)』より。 大御門跡。糠部神社奥殿付近。 もしかしてあれが館守稲荷神社かな!?ピントが標柱なのでよくわかりませんが、何やら祠みたいなものが…違うかな…ただの木にも見える…三戸城跡付近にお住まい方、写真提供お待ちしています(笑) ...

『三戸城址 ~ 其之弐(三戸町)』より。 石亀城主、石亀七左衛門邸跡。 石亀七左衛門邸跡地はまさかの鹿園になっています。 日本鹿。 昭和42年9月に金華山より導入。 現在の場所はここです。 糠部上水道通水記念碑(昭和41年5月)。 いよいよ糠部神社の鳥居が見 ...

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