くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2016/03

原別村。神社の周囲は田んぼ。 田んぼの中に鎮守の杜がございます。 南東部の下海原に八幡宮があります。 建武年間(1334-1336)に安倍大納言盛李(安東盛李)が勧請し、元亀年間(1570-1573)から東輪山永禄寺多聞坊が社務を勤めています。 また、慶長2年(1597)に ...

御祭神は日本武尊命、少毘古那神、厳嶋姫命、宇賀之魂命。 創建の時代不詳ならせるも当村常楽寺の開祖無門和尚仝寺の鎮守として不動明王を勧請。 巖龍山大聖寺と称し、往時は背後の奇巌を以って神霊を擬し来るが中頃故あり当村羽黒修験源龍院代にて其の別当職を勤めること ...

御祭神は木花之佐久夜毘売。例祭日は8月17日。 明和9年(1772)に、毘沙門宮(現鹿島神社)の末社として堂社を建立し、木挽町の産土神として祀ったのが始まり。 昔、毘沙門宮の宮司小笠原円之太夫の祖母が夢の中で神託を受け、土中から金銅の御神体を発見したことから、村 ...

弘前市銅屋町の戸田うちわ餅店が4年ぶりに営業を再開(3月17日)。 病気で他界した5代目が書き溜めたレシピを基に、妻しのぶさんと三男の陽介さん(6代目)が和菓子作りの技術を磨き、ようやく復活にこぎ着けたそう。名店の復活は嬉しいですね! この復活を待ちわびていた ...

由緒等不明。御祭神は少彦名命かな。 先代増田医院長が青少年健全育成のために偉人堂として建てたものであり、薬師様を祀っています。 戦後に久須志神社に改称されました。宵宮のみを旧7月7日に行っているそうです。 社殿内には神輿が見えました。 境内の左手には相撲に ...

2014年、国史跡「津軽氏城跡弘前城跡新寺構」のうち、桶屋町の南溜池土居(堤防)跡に遊歩道(4336万円。約175m。看板3基・ベンチ6基。)が整備されました。 歩きやすくなりましたね。 以前は史跡整備用地のため立入禁止でした。 南溜池跡(弘前大学医学部グラウンド ...

再訪しました。 詳細は前回の記事を参照してください。 前回の記事:「尾崎八幡宮 (浅井八幡宮)・尾崎城址 (平川市)」 手水舎。 社殿。 本殿。 土俵。 観音堂など。 末社。 手水鉢。 不明の碑。 末社の横の建物。 忠魂碑、太鼓橋等寄附人名碑。 境 ...

紅葉山公園(福島城二の丸庭園)内に鎮座。「すぎつま」ではなく「すぎのめ」と読みます。 福島三稲荷の一社。 杉妻城(福島城)の北東の鎮護。 御祭神は倉稲魂命・天御中主神かな。 社殿の神額には「杉妻稲荷神社・小高妙見神社」とあります。 かつて紅葉山にあった ...

北金ヶ沢村は海岸沿いに形成された深浦台地上に発達し、南は白神山地に続き、北は日本海に面しています。 胸肩神社のすぐ先は海(弁天崎)です。 御祭神は市杵島姫命(弁天様)。 創建は不詳ですが、金ヶ沢の弁天様として漁師から崇敬されてきました。 平行して隣の鳥 ...

趣ある小路は結構入り組んでいて迷路のよう。周囲には数多くの飲食店が立ち並びます。荒木町の地形はかなり高低差のある擂鉢状の窪地で、散策するにはとても楽しい街です。 荒木町一帯は江戸時代に美濃国高須藩藩主である松平摂津守義行の屋敷がありました。そして明治時 ...

創建不詳。 かつての羽州街道沿い(新城-油川)にあたります。 御祭神は誉田別尊。 元禄7年(1694)、岡町村で再建。 明治初年には一時新城村の金峰神社に合祀されています。後復社。 猿田彦大神・月夜見命塔(昭和28年)。 御神馬。 狛犬。 首が長くてスマ ...

温川山荘(平成26年8月20日閉館・平成29年10月営業再開)を過ぎて少し行くとぬる川のバス停があります。そこに車を停めて渓流沿いに歩いて行きます。 川の向こうに本殿が見えました。 鉄橋(湯川橋)。 湯川橋は昭和39年9月5日竣功。 私の体重には耐えれそうです。 ...

山側へ上っていきます。この赤い鳥居は大変古いものだとか。 町会長さんの話によりますと、昔は境内からスキーをしたり、相撲をしたりと子供たちの遊び場にもなっており、大変賑やかだったようです。 参道途中にあった庚申塔。 綺麗に整備されているので登りやすいです。 ...

二の丸御外庭の築山(紅葉山公園)に鎮座。 藩祖板倉重昌(寛永15(1638)年元旦、島原の乱で討死)を祀ります。 重昌は天草島原に蜂起したキリシタンの一揆を鎮圧するために幕府が組織した連合軍の総大将でした。その後裔が元禄15年(1702)から福島藩主となります。 ...

公開日は5~11月までの第2・4日曜日(10-16時)だって…ってことで後日再訪。 花巻まつりと屋形山車『花巻まつりは、花巻開町の恩人北信愛(松斎)が、出陣に際し観音さまをまつり戦勝を祈願したことが始まりと伝えられています。この観音祭りは、北松斎が死去した慶長1 ...

鳥谷崎神社と同じ境内に鎮座しております。 花巻御柱神社。 『この御柱神社は、明治以来近代国家建設の途上遭遇した幾度かの戦いで尊い生命を国に捧げられた郷土出身の英霊をお祀りした御社です。英霊に感謝と報恩の誠を捧げましょう。』 社殿。 社殿内。 狛犬一対。 ...

「とりやさき」ではなく「とやがさき」です。 御祭神:天照皇大神・豊玉姫大神・豊受姫大神・誉田別大神・須佐之男大神・大国主大神 祭典:春祭り4月29日(桜まつり)・夏祭り7月17日(茅の輪くぐり神事)・花巻まつり9月第2金曜:山車・神輿奉納祭、土曜:神幸祭、日曜: ...

『花巻城跡 ~ 其之壱(岩手県花巻市)』からの続き。 「花巻城」と「盛岡藩」について。『花巻は北上平野の中心にあって、北は盛岡に、南は黒沢尻(北上)に、東は釜石地方につうじる地にある。そのため「花巻城」は「仙台藩」との藩境に近い事もあって「盛岡藩」としては ...

全部は紹介できませんが花巻城跡を散策してみました。花巻市役所・花巻市民体育館前からスタート。 花巻市の前身について…『昭和29年4月1日、花巻町、湯口村、湯本村、矢沢村、宮野目村、太田村の1町5村が合併し、県内6番目の市として前身花巻市が誕生しました。また、同 ...

広戸村集落は海岸沿いに沿って形成された深浦台地上に発達。弘前藩の参勤交代に使われた西浜街道が南西に通っています。 海岸沿いの高台に鎮座。 御祭神は武甕槌命。 宝永3年(1706)村中にて建立(もしくは再建)。 明治以前には毘沙門宮と称しており、明治6年の神 ...

銀座街にあったレストラン和久。昨年11月にとうとう解体されました。 長いこと営業していなかったとはいえ、ちょっと寂しい気もしますね。解体時には昔のままの店内を見に行った方々も結構いたそうで、当時はとても親しまれていた店だったんでしょうね。 既に解体されてし ...

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