くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015/08

東京都江東区白河。浄土宗 道本山 霊巌寺。 本尊は阿弥陀如来。 寛永元年(1624)開山雄誉霊巌。日本橋付近の芦原を埋め立てた霊巌島に創建。数年後には檀林が設置されて関東十八檀林の一つとなります。 明暦3年(1657)の大火により延焼した後、万治元年(1658)に徳 ...

大間越街道沿い、驫木郵便局の向かいにあった馬頭観音堂です。 馬頭観音堂からは少し離れた場所ですが、遠く田園の向こうに小さな鳥居が見えたので向かってみました。 鳥居をくぐって少し登った場所にあったのは… 竹越元次郎之像(昭和30年旧8月1日竹越貞次郎建立)! ...

鳥居横にある菅江真澄の道。 『寛政8年(1796)7月16日、真澄は「海榴(椿)崎や見なん」(「外ヶ浜奇勝」)と出かけ、その途中にこのお宮に参拝した。「新山権現とてほくらあるに ぬさとりたいまつ」ったとあるが、正しくは「深山」で真澄が男鹿の真山神社の「シンザン」 ...

周囲には何もありません。山です。 案内看板より…『遠野地方には、民間信仰として多くのコンセイサマが祀られています。中でも、この山崎のコンセイサマは、巨大な自然石で、高さ1m25cm、周囲は最大1m97cmもある、まさに逸物です。このコンセイサマは、昔からこの地に祀 ...

何度も訪れている十二湖。 久々に行って来ました。 同じ日でも時間帯によって青の濃淡がかなり変化します。 大町桂月句碑…『山の中 三十三湖 落葉かな』。以前の記事でも言った気がしますが、十二湖には実は33個の湖沼があります。※大崩から展望すると十二の湖沼が見 ...

『この山の滝は、最初、大山祇大神が濱田松實先生(今は、天心道大神)に夢枕に見せたと云う。大正8年10月12日、その日先生は藪原の川を漕いで山に入りやっとのことで夢枕のとおりの滝を見つけることが出来ました。目に見、心に見、その時すでに辺りは暗く、月の光に照らさ ...

神社かと思ったら不動の滝でした。 鳥居横の石仏。「修験道・行者信仰の理念、世界平和、国家安泰、萬物萬象の立命祈願。修験節律根本道場 大和国 大峰蛇之倉七尾山」とありました。 徒歩11分と書かれていましたが、道も整備されており、勾配もさほどないので意外に早く着 ...

東津軽郡蓬田村。曹洞宗 龍澤山 正法院。慶長18年(1613)創建。 山門。 奈良東大寺の型にならったという2体の仁王尊像は昭和5年に後潟の船大工である工藤源蔵氏が4年の歳月をかけて完成させたもの。 正法院は弘前長勝寺の末寺で曹洞宗通幻派に属する名刹。 開山は長 ...

参宮橋を訪れました。 岸田劉生が描いた切通しの坂。 標柱は坂上にも坂下にもあります。 『画家岸田劉正は、大正3年(1914)から 5年(1916)にかけて代々木に住んでいたので、このあたりを描写した作品がたくさんあります。そのうちの一点に名作「道路と土手と塀(切 ...

東京都北区中十条。真言宗智山派 無量山 龍谷院 西音寺。 豊嶋八十八ヶ所霊場第30番札所。本尊は不動明王像。 文明2年(1470)玄仲法印が太田道灌の帰依を受けて創建。 江戸時代には下り松という名木がありましたが明治元年落雷にて枯死。 岩槻街道沿いに位置し、3代将 ...

森山海岸。 延命地蔵。 延命地蔵・賽の河原の由来…『今より千百年余りの昔の事このガンガラ穴には海賊が住み、民家の人達は近寄る事ができませんでした。そこで下北の恐山や金木の川倉地蔵の地に錫杖をついた慈覚大師がこの森山賽の河原にも錫杖をつきました。神の教え ...

無形民俗文化財。毎年8月16日に黒石市大川原で行われます。 アシガヤを編み上げた舟3隻。 それぞれをワセ(早生)・ナカ(中生)・オクテ(晩生)と稲の3種に見たてており、その火の燃え具合から豊凶を占い、また集落の人々の無病息災も祈るそうです。 大川原の火 ...

真言宗別格本山 恵澤山 宝珠院 龍寳寺。大崎八幡宮の別当寺。御本尊は釈迦如来。 大崎八幡宮に平行する坂道を上っていきます。 中々の勾配です。 坂の向こうにマンションがあるので勾配がわかりやすいですね。 山門。 寺号標。 手水舎。 境内に色々あって見応え ...

浄土宗 佛法山 清岸寺。 かつての奥内村。奥内はアイヌ語のオコナイ(2つの川の合流地点という意)に由来するといいます。 開祖は青岸和尚で寛永7年(1630)の創建で浄満寺末寺といい、また国誌によりますと、元禄3年(1690)弘前貞昌寺の清岸の開基で、貞昌寺末寺仏法山守 ...

本誓寺&常照院参道。 参道にあった「明人呂一官先生菩提所」の碑。 呂一官について。 本誓寺は浄土宗で、当知山重願院と号します。 文亀元年(1501)小田原(神奈川県)に創建され、天正18年(1590)小田原落城の際に焼失し、江戸桜田に移り、文禄4年(1595)幕府 ...

東津軽郡今別町。真宗大谷派 高徳山 正行寺。 境内由緒より。 『正行寺は、1683年(天和3年)釈浄閑によって開創されました。本尊は阿弥陀如来、宗祖は親鸞聖人です。本山は真宗本廟(京都 東本願寺)です。本願(仏のいつくしみの心)を信受し、南無阿弥陀仏を称え、浄 ...

五代村の地内を弘前城下から岳へ至る百沢街道が通り、また、地内百沢街道から、築館村・高館村を通って国吉村へ通じる目屋街道と呼ばれる古道が分かれ、両者の分岐点に追分石が置かれています。 右百沢街道、左目屋街道、中央には岩木山大権現と刻みます。 弘化2年(1845 ...

元々は向かい山と呼ばれていた山らしいです。 登り口にあった扇形の手水舎。 百周年記念碑…『明治13年(1880年)当古寺訓導(住職)三浦及察和尚が願主横内孫蔵若木甚平の取りまとめにより多数の参加を得ここ向かい山に三十三体の観世音地蔵菩薩像建立した。これ ...

浄土宗 鷲尾山 当古寺(當古寺)です。 津軽八十八ヶ所第二十四番札所。 国誌によりますと、野内集落の中央部菊川に、浄土宗の古庵である野内庵があります。同庵は青森正覚寺末庵であり、明暦3年(1657)に正覚寺3世良白の開庵と伝えます。 明治初年に當古寺と改称し ...

まずは本性寺です。 本性寺と北向き毘沙門天…『平等山本性寺の宗旨は日蓮宗。下総国小金宿平賀(千葉県松戸市)本土寺の末寺で、設立の縁起は家康の江戸入府に従って来た三河の郷士三田佐兵衛尉守綱(妙傳院殿蓮向日香大居士)が、麹町9丁目あたりに営んでいた隠居所を ...

鰺ヶ沢町七ツ石町。北は日本海、東は鮫戸橋を隔てて田中町、西は本町、南は七ツ館館跡がある丘陵(弘前藩第3代藩主信義の弟である百助信隆が館主。貞享4年検地水帳に古館とあります)。 当町南部にある滝広山(はじめは合浦山)高沢寺は創建は南北朝時代、道叟道愛を開祖と ...

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