くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015/07

神堂橋。 かつての堂野前館(東光寺館)跡地に鎮座。 御祭神は譽田別尊。 創建不詳ですが、正保4年(1647)、堂野前村、東光寺村、前田屋敷村右3ヶ村にて五穀成就、村中繁栄を願い、主福士吉衛門・神職市十郎が京都男山祇鳩峰岩清水八幡宮より勧請と伝えます。 貞享4年 ...

田んぼの中に鎮座しています。 元薬師堂という住所が既に歴史を語っていますね。 一之鳥居両脇には「猿田彦大神五穀豊穣稔町内平安諸災退散家業繁栄守護」「月夜見大神五穀豊穣稔町内平安諸災退散家業繁栄守護」と書かれた柱が立っています。 御祭神は大己貴 ...

弁財船時代、出湊の際に天気を予測をするために登った山です。現在は私有地を通らなければ辿り着けないため、日和山麓の住民で、ここに詳しい方に上まで案内して頂きました。ありがとうございました。 頂上には岩木山の形をした石(横約2m・縦最高部約91cm)があります ...

御祭神は市杵嶋姫命。 青森県神社庁HPによりますと、文明年間(1469-1487)、浅石城主千徳左衛門政久の家臣中河隼人が社殿を建立して弁才天を勧請。 大永3年(1523)、中河村の産土神となりますが、慶長2年(1598)浅石城落城により廃社。寛永元年(1624)、村中に ...

県指定天然記念物「関の杉」、史跡「関の古碑群」。 入口にあった菅江真澄の道碑。『深浦を出立して鯵ヶ沢に向かう真澄は、寛政9年(1797)5月7日(「つがろのおち」)、関邑の安浄寺(浄安寺)の「しりよりいりて」甕杉、阿弥陀杉をみる。』 『「あみだ杉とて田のほとり ...

『いまよりも平気気温が3度も低かった江戸時代、高冷地の遠野はしばしば凶作に見舞われ、宝暦5・6年(1755・6)天明2年(1782)などの大飢饉には多くの犠牲者を出しました。心を痛めた大慈寺の義山和尚は、その供養のため明和2年(1765)から数年をかけてこの五百羅漢像を ...

かつての菖蒲川村で、北は鶴田村、東は鶴泊村、南は大姓村に接します。岩木川決壊による被害を受けた地域でもあります。 巨木に囲まれた鎮守の森。 神明宮の建立年月日は不詳で、明和3年(1766)再建。貞享4年検地水帳にも、元禄15年の社堂社地境内内記にも記載がありま ...

参道の途中に踏切があります。 電車に気をつけて渡りましょう。 右見て、左見て…。 かつての長峰村になります。 享保11年に杉浦村と駒木村を分村。 貞享4年検地水帳によりますと、鎮守は八幡宮(社地494坪・林1町6畝)で、御祭神は誉田別尊。また、阿弥陀堂(堂地 ...

江戸初期には本町の一部で、本町裏町と称されていました。寛文11年(1671)に米穀を取り扱う米町として分立。神社としては神明宮、庚申堂、堺屋屋敷の松尾大明神(天正年間勧請)があります。 寛永11年(1634)創建の庚申堂(庚申猿田彦御神社)。現在は質素な雰囲気ですが ...

地蔵堂の板碑2基と一本松の板碑1基本があります。こちらは地蔵堂の板碑。 右側の板碑は応安8年(1375)の年号があり、大黒天を表す梵字「マ」が刻まれています。左側の板碑は年号不明で、梵字「キリーク」(阿弥陀如来)が刻まれています。鯵ヶ沢町指定文化財(昭和58年4 ...

浅瀬石村字川合の川合神社。 御祭神は天照大御神、浅瀬石千徳氏、龍神様。 現在の川合神社神職の夢枕に現れた浅瀬石城主の御霊を祀っており、篤く崇敬していることが伝わります。 また、浅瀬石川の畔に鎮座しているため、龍神様も祀っております。 本殿。 ...

詳細は前回の記事も参照してください。 『田舎館城 & 生魂神社 (南津軽郡田舎館村)』 大きな丑が一対。 後ろ姿。 鬼板に卍の家紋がある拝殿。 御祭神は生魂神(生島神・足島神)。もとは大日如来堂で、大同2年坂上田村麻呂の建立。本来は大根子にありましたが、大 ...

嶽温泉(山のホテル横)にある稲荷神社で、参道は嶽温泉登山道を兼ねています。スカイラインとほぼ平行する登山道で、岩木山の数ある登山道の中では初心者コースです。 左の道が登山道です。 御祭神は倉稲魂命、少名彦命。延宝2年頃、岩木村百沢の野呂長五郎が薪材 ...

一の鳥居の脇に猿田彦大神(弘化2乙巳年)。 参道。 結構鳥居ありますね。 天文年間(1532-1555)、津軽郡中名字に葦野田とあり、後年の吉野田村の西方の通称佐渡と思われます。佐渡と福舘村(現常盤村)の間の捨水堰の傍らに佐渡の畑と呼ばれる古館跡があり、佐渡島 ...

江戸しぐさでもしたくなるような細い裏路地にひっそりとあります。 軒先に並ぶ植木鉢が江戸の下町風情を感じさせます。 かつてこの地(亀戸3丁目)には梅屋敷として栄えた梅の名所がありました。江戸時代から続く梅の名所で、元々は伊勢屋彦右衛門の別荘で清香庵と称され ...

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