くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015/05

かつての八幡村。 近世八幡村の成立については詳細不明で、元禄年間(1688-1704)頃弘前藩田舎庄金木新田の村として成立したと考えられます。元々大里村であったものを享保 11 年(1726)八幡村と改称したとされています。 御祭神は倉稲魂命。 勧請年月日、由緒等は不 ...

浅瀬石川ダムに突き出た半島の先。水神の森と呼ばれ、地元住民から大切にされている場所。 私の地図には八坂神社とありましたが、由緒等は不明です。 この付近の神社等はダム建設に伴って移転したところも多いですね。 二庄内の浅瀬石川の長瀞には、布を晒していた娘が失 ...

地図などでは好見神社と記されており、神額等では明見神社となっています。かつては国吉の一部でした。 由緒等は不明ですが、妙見社系ということで、御祭神は天之御中主神もしくは国之常立神でしょう。 奉納物の大半は高野町会によるものであり、この地区の産土神 ...

目鹿沢村枝村の沖萢村に位置します。天和4年の村絵図では沖村とあり、また元禄2年頃には沖之萢とあります。内見秘書では天保年間に沖萢村とあります。この地区は津軽氏の重臣兼平中書の所領とされていたため、兼平姓が多いです。 沖萢村西端の墓地付近に九頭竜権現(水 ...

かつての飯田村。 貞享4年検地水帳によりますと、村中抱えの地蔵堂地、助十郎抱えの観音堂地があります。 御祭神は闇淤加美神。 青森県神社庁HPによりますと、創建不詳で、海童神社と同様岩木川沿岸の地によく祭られた社であり、綿津見神三神上・中・底のうち上津綿津見 ...

御祭神は誉田別命。 坂上田村麻呂創建の伝説を持ちますが、慶長5年(1600)に村中安全の為に勧請。産土神として崇敬。相殿に稲荷宮があり、1堂2社が合祀されていましたが、明治4年に八幡宮とし、明治6年には沖館神明宮に一時合祀されるも同9年復社。 以下境内 ...

青森県黒石市大字上十川長谷澤二番囲。長谷沢神社から更に東(浄仙寺方面)へ進んだ付近。黒石市指定民俗文化財(昭和62年1月10日指定)。 案内看板の屋根が…雪でしょうねぇ。 案内看板より…『通称獅子が沢には鹿の頭を彫った大きい石と小さい石があり、「獅子が沢のし ...

矢沢村は東は小畑村、西は水沼村、南は藤越村、北は柏木堰村に接しており、村内を羽州街道が通ります。 正八幡宮は、昔はもっと藤越寄りの赤沼の方にあったと伝えられています。御祭神は誉田別命。 新撰陸奥国史によりますと、大同年間(806~810)、坂上田村麻呂 ...

地図に騨染神社と見えたので向かってみたのですが…傘松観世音でした。えー!?(笑) 本尊は聖観音。以前は旧中沢尋常高等小学校敷地北側の小高い丘の老松が生えている傍に鎮座していたそうです。明治43年に御神託により現在地に移転。 嘉永2年(1849)、中沢村 ...

ある資料にて、弘前市高屋(旧岩木町)に死坂なる坂道を発見しました。死坂沿いには弘法清水(清水がどこかはわかりませんでした。しかし一町田付近、高屋から鳥井野、更には湯口の石戸神社に至るまで、低落差断層をなしており、それに沿っていくつかの清水が湧いています。 ...

沖浦地区の小高い山の上に鎮座しています。私の地図では山ノ神神社と記載されていました。御祭神は大山祇神。 沖浦地区にはこの他に神明宮(御祭神は天照皇大神・例祭日は7月15日・昭和30年頃に入植者全員で創建)や高場神社などがありましたが、鳥居と小さな祠のみとい ...

女蛇山・鷹森山へ上る入口付近に鎮座します。 社号標の裏には「創立35年 昭和31年旧7月18日建立」とありました。 大正13年5月18日部落民によって創建。御祭神は保食神、藤原頼秀(津軽頼秀・炭焼藤太。※父は秀直。妻は近衛摂政基通の女で福姫。)。例祭日は8月17日 ...

住所的には藤崎町徳下中前田と田舎館村東光寺村林の境にある共同墓地内です。 通称宿河原石の古板碑。元亨年間(1321-24)頃の供養碑と伝わります。  小阿弥陀堰改良区の水道工事の際、金枝芳幽家宅地側より発見。正面上部に梵字で「バン」と刻し、梵字を一重線の ...

注連縄。 狛犬一対。 創建は不詳。 延宝5年(1677)村中にて建立と伝えます。 御祭神は倉稲魂命。 安政2年神社書上帳には稲荷宮(東西3間・南北8間2尺)があります。 村中安全のために明治9年(1876)再建。 社殿横に鳥居があります。 鳥居の先には小さな池があ ...

周囲が水に囲まれて、小島の状態をなしていて、昔の面影をとどめています。 貞享4年検地水帳・元禄15年堂社縁起修験道由緒・享和3年寺社領分限帳に、いずれも弁才天堂(堂2尺5寸2尺4面。宮地6間5間。木数60本。内杉2本5寸廻。雑木58本3尺廻-1尺廻迄。)がみえます。杉は落 ...

かつての黒土村は元々国吉村の枝村で享保11年(1726)に分村。 正保高帳によりますと鼻和郡の新田として村名があり、実質的には正保年間(1645-1648)に独立していたと考えられます。 薬師神社の御祭神は少彦名神。黒土館址に鎮座。 元は薬師如来を祀る薬師堂 ...

御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、速玉之男神、事解男命。 相殿に少彦名命、大名持命(大国主命)。 貞享4年検地水帳によりますと、浄土宗浄満寺屋敷地9反余、観音堂地、庚申堂地、権現堂地、明神社地、稲荷社地、明神社地が見えます。 永禄2年(1559)浪岡御所の北 ...

長平村は寛文3年(1663)頃から開発され始めた村。 国日記の寛文3年4月12日の条によりますと、中村で小知行を与えられている太郎左衛門が長平のうちを御蔵派で開発することを願い出て開発許可されています。 創建は正徳3年(1713)。 御祭神は倉稲魂神。 明治6年には ...

御祭神は誉田別命。検地帳には権現堂地とあり、神社書上帳には八幡宮と見えます。 鎮守の杜といった感じで、巨木に囲まれて鎮座しています。 青森市史によりますと寛政8年(1796)の勧請。 国誌によりますと貞享2年(1685)に孫内の助太郎によって勧請。寛政8年(1796) ...

かつての水木村。御祭神は誉田別命。 水木八幡宮は、浪岡の北畠氏の縁者である溝城城の城主の溝城刑部正によって創建されたと伝え、この地に溝城城があった中世の終わり頃には創建されていたとされます。 貞享4年検地水帳によりますと、忠光院抱えの八幡社地20歩が見えま ...

由緒等は以前の記事を参照してください。 以前の記事:『長壽院 (長寿院)& 羽黒神社 (黒石市)』 境内では、車馬を乗入る事・魚鳥を捕る事・竹木を伐る事・汚穢物を棄る事は禁止でございます(大正4年8月)。 奉納馬一対。 手水舎。 狛犬一対(明治19年11月2日・ ...

↑このページのトップヘ