くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

March 2015

国道7号線を走っていて白い鳥居がポツンと建っているのを見たことがありませんか?田んぼに鳥居だけ!?って思わせるあの神社の紹介です。 もちろん鳥居だけではなく、田んぼの奥に社殿があります。一の鳥居のすぐ先にある鳥居は百万遍、庚申塔、馬頭観音です。 かつての ...

観音寺の南西に鎮座。 入口付近にある庚申塔。多数の名前と「嘉永元戌年申八月吉日(1848)」「當邑講中」「各二世安楽」「配方手傳 久栗坂村」などと彫られています。 庚申塔の裏には「別當權大僧都劔藏院良…(その下は埋没)」と見えます。 かつては観音堂であり、劔 ...

かつての桜庭村で、津軽一統志によりますと、桜庭山陽光院の由緒書に、藤氏支流桜庭良正が南部から入った時、大浦為則より桜庭村を所領として与えられたとありますが、その年時は不明。 慶安2年道筋帳によりますと、宮地村か国吉村を経て川原沢金沢へ至る道筋があり、集 ...

御祭神は保食神。 創建は不詳。 宝暦9年(1759)の神社書上帳によりますと、大泊村稲荷大明神と見えます。 安政2年(1855)神社書上帳によりますと、創建不詳の稲荷宮、社地東西6間、南北7間半があります。当時の境内は300坪。 明治初年には一時期今別村の八 ...

平舘村の一部で享保11年(1726)に分村して独立。石崎村の神社として旧村社春日神社、宇田の胸肩神社、頃々川の稲荷神社があります。 かつては弁天宮で、明治の神仏分離にて胸肩神社に改称したのではないでしょうか。 勧請年月日は不詳。明治6年に平館村の平館神社に ...

松前街道沿い。目の前は海です。 参道途中の建物は末社なのか小屋なのか不明。 そこそこ登ります。 かつての石崎村の頃々川の稲荷神社。 頃々川と石崎の集落の間では塩釜の跡と伝えます。 享保8年に弘前藩は石崎村の釜師権七に御台所御用の焼塩の供出を命じており ...

かつての大姓村です。東は枝川足水堰、南は小幡村、北は菖蒲川村に接します。 天和3年(1832)の御代官所村家人数之帳によりますと、上大姓村と下大姓村に分かれていたようです。天保5年(1834)には岩木川決壊により591石余が砂入りの被害にあっています。 御祭神は天照 ...

旧相馬村の黒滝稲荷神社です。※YouTubeに当神社の年末獅子納めの動画がありました。興味のある方は検索してみてね。 さて、一の鳥居の手前から狐一対が出迎えてくれます。 一の鳥居に黄色い…りんご?色々な鳥居を見てきましたがりんごは初めてかも。 二の鳥居 ...

御祭神は保食神。 松前街道沿い。神社前には「史跡伊能忠敬止宿」(1回:寛政12年4月10日、2回:同年6月20日、3回:享和元年11月2日、4回:同2年8月14日)の標柱があります。 安政2年神社書上帳によりますと、創建不詳の稲荷宮があり、文政9年の棟札があるといいます。 ...

かつての花巻村で、黒石城下東南の山形街道に沿い、豊岡村と下目内村の中間に位置。元禄2年(1689)の黒石平内巳年郷帳には「小杭野村」、元禄4年(1691)の黒石御絵図には「小喰野村」とあります。改称の由来・時期については不明で、安永10年(1781)の手本山形道中記( ...

御祭神は天之御中主神(妙見菩薩)、火産霊神、御年神、大年神、若年神、水波乃賣神、大国主神、倉稲魂神。 弘仁元年(810)第52代嵯峨天皇の勅命により勧請。征夷大将軍源頼義・義家父子が前九年・後三年両度の役で戦勝祈願に訪れたと伝え、伊澤氏(留守氏)を始めとする ...

平舘村の一部で享保11年(1726)に分村して独立。石崎村の神社として旧村社春日神社、宇田の胸肩神社、頃々川の稲荷神社があります。 創建等由緒は不明。春日大社より春日大神を勧請。 武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神が春日大社の四柱。 もう一つ鳥居 ...

かつての小橋村であり、松前街道沿いに位置します。 貞享4年検地水帳によりますと、稲荷社地がみえます。 寛永20年勧請と伝えます。 明治初年に一時伊沢の稲荷神社に合祀され、後復社。 ...

奥州街道の久栗坂と浅虫間には、海沿いの道と山越えの道がありました。海沿いの道には善知鳥崎の梯があって潮が引かないと渡れない難所であったため、当稲荷神社と浅虫の八幡宮の間に山道がありました。現在は遊歩道として整備されています。 神社総代でもある白坂 ...

茶臼山公園は明治20年代に開園され、つつじ祭で有名な場所です(石碑は油川貞憲頌徳碑・玉川長吉大工棟梁顕頌徳碑・成田豊治元村長頌徳碑)。 茶臼山にはかつて蝦夷の館があり、その館名であるチャシに由来していると伝わります。 日精寺の屋根(手前)と専稱院(左奥 ...

平舘村(枝村・石崎村)の三十番神。 松前街道沿い…っていうか海沿いなので… 参道は当然のように山登り。 由緒等不明。 明治7年頃に三十番神堂の住職工藤威鶴師が寺子屋を開設しています。住職の名前から同地区にあります日蓮宗の宇田山聞法寺(開山:工藤日英上人 ...

安永8年(1779)開創。開基は青森市蓮華寺第16世聞法院日照上人。開山は工藤日英上人。 天明の大飢饉により廃寺となり、後の明治13年に再興。明治17年に寺号を公称し、その64年後に本堂焼失するも、昭和32年には現在の本堂を再建。 昭和56年水子観世音菩薩堂建立。昭和61 ...

かつての高屋村。 御祭神は軻遇突智神で、古事記における迦具土神。伊奘冉尊が神生みの最後に生んだ火神ですね。 元は木野宮であり、愛宕様を移した際に分神したもの。 慶長14年に藩主信枚が浅瀬石から植田村に勝軍地蔵を移す際に愛宕神社で休憩したといいま ...

かつての銀村。杉村と集落が連なっていたことから杉白銀村とも呼ばれていました。 関連記事:『山神社 (青森市浪岡樽沢)& 神明宮 (青森市浪岡銀)』 御祭神は奇稲田姫命(櫛名田比売)。 同じく浪岡の女鹿沢の稲荷神社にも奇稲田姫命が祀られています。素盞鳴尊の妻 ...

県道41号線沿いにある身代地蔵尊から少し入った場所にあります。 御祭神は天照皇大神。 龍の石柱がかっこいい。 一つは狛犬っぽい顔にも見えます。 さて、貞享4年検地水帳によりますと、観音堂地1畝余があります。 古来観音堂として信仰されていた神明宮は、西隣の ...

狐森村は佐野家と楠美家を中心に開発された村です。 よくある地名かも知れませんが、稲荷神社に相応しい村名ですね。 森の面影も残っていますし。 貞享4年検地水帳によりますと稲荷社地が見えます。 御祭神は宇迦之御魂神。 創建不詳。明治6年に五幾形稲荷神社を一時 ...

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