くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2014/11

厳美渓は2度目の訪問。 栗駒山を水源とする磐井川中流の渓谷。 全長2kmにわたる渓谷美。 昭和2年(1927)に国の名勝及び天然記念物に指定。 古くは伊達政宗公も賛美した景色。 空飛ぶだんご(郭公だんご)は前回食べたのでパス。 渓谷に沿って散策路があります。 ...

日本百景のひとつ…猊鼻渓。明治43年に佐藤猊巌らによって命名され、大正14年には国の史蹟名勝天然記念物に指定。 見渡せば花も紅葉もなかりけり…ってことで、紅葉目的だったのですが少し早すぎたみたいです。 されどもいとをかし…ってことで十分に楽しむことはで ...

平山日記によりますと、寛永年間に開発され、下柏木村と称しており、貞享4年以降に梅田村と称しています。 当初は横萢村の枝村でしたが、享保11年に独立。 国誌によりますと寛永16年(1639)の創立。 青森県神社庁並びに境内案内板によりますと、桓武天皇延暦13年 ...

参道の途中に地蔵堂と大きな百萬遍の碑がありました。 最初の鳥居を潜ってからU字型に進む参道。 御祭神は倉稲魂命。 漫画チックな表情が個性的な狐様。 擬宝珠のような石柱。 後ろ姿がたまらない狛犬。 庚申塔。 元和二年(1616)8月10日、飛内村中にて ...

野木村はかつて木筒村と称しており貞享4年に改称(※同年に桑野木田村が木筒村と改称)。 枝村の間山村に飛竜宮があり、御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神、菊理姫命。 元禄6年3月に再建。 後に白山姫神社に改称。 明治6年4月に廻堰八幡宮に合祀、翌年復社。 境内にあ ...

細野相沢地区にある八幡宮です。天文年間には苛沢と表記され、正保2年には藍沢、元禄3年には松沢村と見えます。相沢村の支村であった細野は平山日記(元禄3年)によりますと畑野村とも表記され、享保11年(1726)細野村として相沢村から独立。集落一帯からは縄文中期や大洞 ...

御祭神は伊弉諾神。御本尊は千手観世音菩薩。 津軽三十三観音霊場第2番札所。津軽子年の一代様。 多賀神社(清水観音堂)御由緒…『この神社は「新撰陸奥国誌」などによると、天平3年(731年)に僧行基が開基した説と、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が創建した説との二説の ...

大高森という場所にあります。目屋の発祥地といわれる場所。天平3年(731)に僧行基が訪れて千手観音を刻み大高森の岩窟へ安置と伝え、知名度が上がると参拝者の交通不便を考慮して桜庭村の清水観音に遷座したといいます。 江戸参勤中、津軽の殿様が南部の殿様と自慢話で ...

明治28年(1895)創建。 鶴ヶ岡城本丸の南西隅に鎮座。旧庄内藩主酒井忠胤が発起人。 戊辰戦争、西南戦争の戦死者を祀ったのが始まりで、その後も日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、大東亜戦争で国家のために殉じた御英霊(4930柱)をお祀りしています。 拝殿 ...

一の鳥居は草木が酷くてくぐれません(笑) 袰月魚籠観音までは山道を登って行くのですが、車で上まで行けるのですぐ着きます。 魚籠観音。 中国唐の時代に魚売りの美しい女性がおりました。村中の若者たちはその美しさに次々と結婚を申し出ましたが、女性は観音 ...

御祭神は倉稲魂命。 車…通れないと思うけど(笑)軽トラならギリギリ通るのかな。 目内沢村が上目内沢村と下目内沢村に二分されて成立しました。 ちなみに下目内沢にも稲荷宮があります。 阿奈猿田彦大神講中。 読めない石碑。 貞享元年(1684)11月 ...

小田子不動堂は応永3年(1396)南部政光によって創建されたと伝えられます。 明治の初年頃まではもっぱら小田子のお不動様として尊信されてきました。本尊は運慶作と伝えられる不動尊。 小田子不動堂には八幡宮が合祀されています。 七戸郷土誌によりますと「当町 ...

御祭神は大山祇神。 法峠寺別院へと上る道の付近に鎮座。 金属製の注連縄には鳥が二羽♪ こちらの鳥居の神束には三島神社。 三嶋明神の御神霊を安置し、永禄年間(1558-1570)に社殿五間四面の大社にして壮麗を極めましたが、天正年間(1573-1592)千如房と ...

三叉路の小高い丘の上に鎮座。義経北方伝説を残す神社ですが、町中の三叉路の中心にあるというだけで、昔から変わらずここにあったことに真実味を持たせます。義経は日頃信仰していた京都の藤ヶ森稲荷神社を八戸市類家に勧請したのが類家稲荷神社。この一帯を「京ヶ原」と命 ...

かつての館田村。 館田館(天正年間1573-1592)跡地の一画になります。 旧村社である八幡宮は万治2年(1659)の勧請と伝えます。 天保4年(1833)書上帳にも「八幡堂、長10間、幅4間」とあります。 また、館田村には稲荷堂や権現堂、夷社が見えますが、明治 ...

梶原稲荷神社から小路を東に進んで行くと丁字路となり、犬坂の坂上に着きます。 『この坂は、階段が造られるなど舗装整備されているが、曲がりくねった坂道であった。犬坂の由来は不明であるが、俗称の"へびだんだん"はその曲がりくねった有り様からそう呼ばれている。』 ...

犬坂の坂上近くにひっそりと鎮座しております。 梶山氏館跡の一部と考えられている土地です。 狭い参道を進んで行きます。 色んな種類の狐がおります。 手水舎。 梶原塚稲荷祠由来記。 『今を距たる772年前(建久3年)梶原兵三景時、征夷大将軍源頼朝の命を奉じて ...

かつての赤坂村。 村の南方にフン館(館主千葉氏)と呼ばれる館跡があります。 御祭神は誉田別尊。 寛正年間(1460-1466)創建。 慶長年間(1596-1615)本村宇野某、殊に大神を信仰崇敬し、堂宇の朽敗を嘆き社殿を建立。更に近村の力士を募集して相撲を行なっていたそう ...

社号標には天照皇大神宮。 御祭神は天照大御神。 かつての苗生松村。 貞享4年検地水帳には吉祥院抱えの観音堂地1畝余があります。 この観音堂が明治初年の神仏分離によって神明宮と改められました。 社殿の昇り龍と降り龍。 本殿と岩木山。 境内は公園も兼ねて ...

御祭神は玄徳稲荷大神、開運稲荷大神、九郎助稲荷大神、榎本稲荷大神、明石稲荷大神、吉原弁財天。地主神玄徳稲荷社、そして、開運、九郎助、榎本、明石はかつて遊郭の四隅に祀られていた稲荷社。 なかでも九朗助稲荷社の創建は古く、和同4(711)年、白狐黒狐が天下る ...

松前街道海側に鎮座します。 かつての飛鳥村で貞享4年検地水帳には権現堂地が2ヶ所みえます。 内1つは地内岸田の羽黒権現を祀る羽黒神社です。もう1つの権現堂は江戸後期まで廃堂になったと伝え、当社との関連は不明。 青森市には龍神宮が多いですね。 ...

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