くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2013/12

弘前城(弘前公園)とその近郊及び関連記事についてまとめてみました。 「弘前城天守 (別名:鷹岡城・高岡城)」 「本丸未申櫓跡・本丸戌亥櫓跡・御日記蔵跡・御金蔵跡など (弘前城本丸)」 「武者屯御門跡・亀の石&鶴の松・本丸井戸跡など (弘前城本丸)」 「如来 ...

弘前市が設置している古町名標柱などをまとめてみました。 【本町(ほんちょう)】 藩政時代初期から鍛冶や銅屋の職人町で、著名な刀工が住んでいたことから本鍛冶町と呼ばれ、この略称から本町(ほんまち)となりました。宝永2年(1705年)、城の大手が北門(亀甲門)から ...

山谷堀公園の近くです。 か、かっこいい!(笑) 禁葷酒だ!!弘前の禅林街黒門&赤門前にもあるやつです。酒好きの私は意味を知ってから(( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル状態なのです(笑) 緑に溢れていて屋外に休める場所まであります。落ち着きますねぇ。 出羽国山形登鱗山竜門 ...

河原町公民館隣。 昭和31年に岩木町駒越から弘前市に編入し、翌年河原町が起立。 その後、城西団地の完成に伴い、一部が城西になります。 由緒等は不明。 しかしながら境内石碑(除厄記念碑)には昭和21年11月10日の文字があり、河原町ができる以前からの神社と考えら ...

ブラタモリを振り返りますと、明治時代から現在に至るまでこの近郊に大学が多いのは徳川幕府による昌平坂学問所が湯島にあったため。東京大学や学習院大学なども神田発祥。神田に書店が多いのも同じ理由。 明治5年(1872)には大成殿を会場として文部省博物局による日本初 ...

湯島坂から湯島聖堂脇を通って相生坂へと下る坂道が昌平坂です。 現在は聖堂の東側に沿って北へ上る坂(団子坂)を一般に昌平坂と呼んでいますが、当初の昌平坂は現昌平坂の西寄り、聖堂移転後に鳳閣寺との間の坂に名付けられた坂名であり、寛政10年に聖堂敷地が拡張され ...

旧庄内藩家老の末松家の屋敷跡に建てられているため、入口の門だけが武家屋敷の面影を残していて一瞬戸惑います。 赤い八角錘の尖塔がとても目立っています。あそこにとんがりコーンを挿すのが私の夢。 黒いマリア像や窓絵(透明な紙に描かれた聖画を2枚のガラスで挟んで ...

part1からの続きです。 「マダムタッソー東京2013 part1」 生首を包むマダム・マリー・タッソー。マリー・タッソーについてはwikiでどうぞ(笑) 坂本竜馬。 スティーブ・ジョブズ。 アルベルト・アインシュタイン。 葉加瀬太郎。 ウィリアム・シェイクスピア。 オー ...

ハリウッドスターやスポーツ選手など世界のセレブの等身大フィギュアがいっぱいの体験型アトラクション。海外セレブや日本の人気タレントなど60体以上の等身大フィギュアを展示。 250年以上の歴史があり、ロンドンをはじめ、世界各国で人気のアトラクションです。 ロープ ...

つがる市木造河川敷運動場近く。 岩木川河川敷にある馬頭観世音です。 っていうか…岩木川河川敷にたくさん小さな祠がありますよね。 私の目的は水虎様なのですが…せっかくなので紹介しておきます。 大変立派に祀られています。 ブログ村ランキング参加中←クリック ...

山号表は金子鴎亭先生の揮毫。 慶長8年(1603・家康公代)、仙林坊日惶上人により現在の日本橋小伝馬町に創建。 当初は小伝馬町一帯に所在した四丁四方の広さを誇る江戸・法華経弘通の道場、常楽寺の塔頭寺院として本寺である常楽寺と共に、常楽院日経上人(京都妙満寺第二十 ...

白衣神社の紹介です。 御祭神は大己貴命。 旧郷社神明宮(現下り枝鎮座)の氏子である田町、栄町の人々から町内の安泰と弥栄を祈って建てられた神明宮の境内社で文政5年(1822)建立と伝えます。 昭和35年8月、明治の頃から町内に祀られていた白衣観音(元々清冷山白衣 ...

黒石市牡丹平字福民にあります福民神社。 参道は鳥居を潜るとすぐ右へ直角となり… 福民会館という建物の玄関へと繋がります(笑) 御祭神は天照皇大神。 昭和21年春に牡丹平小学校奉安殿を改築し建立。昭和25年春に拡張された敷地へ解体移転し、拝殿兼集会場 ...

富岳神社に似た個性的な狛犬。 「富岳神社 & 境関館跡 (弘前市)」 一の鳥居・二の鳥居からほぼ直角に三の鳥居及び拝殿があります。 造林記念碑など。 昭和57年7月16日建立の拝殿新築記念碑。 創立年不詳。大日堂一宇元録6年(1693)村中再建。 明治6年4月村社 ...

場所は「みどり亭(2013年国登録有形文化財登録)」の近くです。 http://www.dab.hi-ho.ne.jp/midori-houshin/ 御祭神は神日本磐余彦尊。 神日本磐余彦尊(日本書紀)は古事記でいうところの神倭伊波礼琵古命。即位前の神武天皇のことです。 神日本磐余彦尊は「かむやま ...

青森県道126号久渡寺新寺町線。 「レストランくれそん」隣、樹木会館前。 餓死供養塔がありました。 『天明の頃(1781-6)津軽は未曾有の飢饉に見舞われた。米作は平年の四分作、貯米も殆ど無く人々は牛馬や犬猫まで食いつくすなど悲惨を極めた。天明3年(癸卯)と同4年 ...

立派な鳥居が見えたので向ってみたら山の神でした。双葉町コミュニティー消防センター隣。 この地方には山の神が多い気がします。喜良市は中世には忌来市ともいいました。小田川上流湯ノ沢に豪族が住み、土民が近寄ることを嫌ったことからそう呼ばれたそう。千刈は縄文晩期 ...

新里の下樋田という場所にあります。新里村諏訪宮と呼ばれています。 正面の参道は大きな車は恐らく通れない幅。 車の方は裏から行くことが可能です。 社殿の横には二ツ屋公民館。 諏訪神は明治初年に村内の熊野堂に合祀されています。 由緒等は不詳。文化9年(1812) ...

修験宗。寺社修験本末支配之記によりますと、川又村(現岩手郡玉山村)の修験西福院の末流。初めは感応山神通寺と称し、享保14年(1729)5月に京都聖護院から三明院の院号を賜ったと伝えます。 南部家の信仰を得て、祈願につとめますが享保14年4月の大火で堂宇焼失。その後 ...

下前弁天宮です。道沿いにあります。下前字渕岩。 由緒等は不明。鍵がかかっておりました。旧家の磯野家に伝わるものを祀ったと云われています。御神体は昭和40年に修理。以前は漁港の南側に祀られており、更に立松の岩上に祀られましたが、高波がある毎に流されることから ...

加茂神社は南貞院から300m程行った場所。 御祭神は別雷神、誉田別神。 創建は大同2年(807)(※もしくは延暦13年(794))。 坂上田村麻呂の子花輪丸が深浦に上陸。蝦夷征伐の際に岩木山麓の長者森に陣を張って滞留、程無く目的を遂げ、この地を花輪郡(のちに鼻輪郡 ...

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