くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2013/01

本尊は釈迦如来。もと隣松寺末寺。 長勝寺並寺院開山世代調によりますと、山号は新岡山とあり、天正年間(1573-15922)新岡村(旧岩木町)に創立されたとあります。 開山は中岳祖玄。開基不詳。 拝殿と本殿からなる堂宇。 曹洞諸寺院縁起志によりますと、開基は藩祖津 ...

真宗大谷派法涼山円明寺。法立寺の東隣。本尊は阿弥陀如来。もと東本願寺末寺。 浄土真宗一派縁起によりますと、明応8年(1499)油川村(青森市)に念西坊宗慶によって開基。6世念西坊頼英の時、天正13年(1585)弘前藩祖大浦為信の油川城攻撃に協力し、その功により油川村 ...

勝岳院。本尊は釈迦如来。もと隣松寺末寺。天正14年(1586)床前村(森田村)に創立。開山は庭叟守洞、開基は不詳。 曹洞諸寺院縁起志と正徳元年(1711)寺社領分限帳によりますと、慶長年間(1596-1615)に弘前に移ったとあります。 寺伝によると開基は藩祖津軽為 ...

君よずっと幸せに~風にそっと歌うよ~♪ …の、桜坂ではございません(笑) 坂下は六本木通り。 坂上にも坂下にも標柱があります。 明治中期に新しく作られた道筋で坂下に戦災まで大きな桜の木があったことからその名が付きました。現在でも両脇にはたくさんの桜が植えら ...

詳細はホームページにて(笑) http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/ イベントや特別展を行っていますが、常設展示室だけでも相当楽しめます。 実物大の日本橋も渡れてしまうスケールの大きさ!! 楽しすぎます。 寄席。 日本橋の上から寄席♪ 江戸好きならば時間に余 ...

色んな意味で凄い案内標識(笑) 駐車場から2つの経路があってどちらからでも行けます。 『昭和10年、茨城県の磯原市(現北茨城市)から訪れた武内巨麿氏により、武内家の古文書をもとに発見されました。 古文書によると、ゴルゴダの丘でゴルゴダの丘で磔刑に処されたの ...

一般に伊豆山権現は伊豆山の山岳信仰と修験道が融合する神仏習合の神で、千手観音・阿弥陀如来・如意輪観音を本地仏とします。 万治2年(1659)建立。 御祭神は屋船久久能智大神、屋船豊受姫大神、産土大神、手置帆負大神、彦狭知大神で、上棟式の神々ですね。 境内地は ...

入口の石柱には「村社 加茂神社」とありました。 祭神は別雷大神。  貞享4年検地水帳に村中抱えの雷電社があります。 弘藩明治一統志によれば天正年間に福島城主七戸生計が津軽為信の招きに応じて当地へ訪れた際に、開墾の為に旧地で崇敬した雷神に誓願して水を得たた ...

山奥かと思っていたけど想像していたよりも近かったです。想像していたよりはね(笑) ただ途中で崖崩れがあり、道が半分塞がっていましたよ(( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 危機一髪!! ヒノキアスナロ(別名ヒバ)。 樹高33.46m。 幹周7.23m。 樹齢800年以上。 幹の途中 ...

一見何でもないものがYUKIさんの目を通すと面白く見えてくるブラユキ写真館のお時間です。 座頭石の弁天広場。このグルグルが何とも言えぬ雰囲気を… 更に広場内の食堂に入ると非常にレトロな遊具。 フェラーリでしょうか。カウンタックでしょうか。 更に更に天井も何と ...

朝日山常福院のすぐ近くになります。かなり立派な注連縄。 この地区には建武年間(1334~1339)創建の稲荷宮があり、中世末には横内城主堤孫六の館神となり(明応7年(1498)頃)、天正13年(1585)に横内城が陥落と共に廃社になりますが、寛文3年(1663)村中で産土神とし ...

上野大仏略記。 「寛永8年(1631年)越後の国村上城主堀丹後守直寄公旧自邸内のこの高台に、戦乱に倒れた敵味方将兵の冥福を祈るために土で釈迦如来像を造立した。 青銅大仏:明暦・万治の頃(1655~60年)木食僧浄雲師により銅佛に改められた。 仏殿:元禄11年(1698年) ...

いずれも浄土真宗東本願寺派本山東本願寺の前にあり浄土真宗東本願寺派。 「浄土真宗 東本願寺派 本山 東本願寺 (東京都台東区西浅草)」 本光山 歓喜院 善照寺。 東本願寺の子院のひとつで、境内には後撰和歌集補注の国学者清水浜臣や、江戸中期の俳人谷口楼川、勝川 ...

かつての石川村の一部で羽州街道沿いにあります。 傾斜的に…冬に行く神社じゃないですね…大変でした(笑) 正面参道の急な階段を上ると社殿の真横に出ます。 実は女坂的な緩やかな参道があり、そちらを行くと自然と正面に。 何となく配置が不思議。本来は現在とは少 ...

本尊は阿弥陀如来。 宗祖は親鸞聖人、見真大師。 徳川家康の命で東本願寺第12世教如が神田に江戸御坊光瑞寺を建立し、江戸における本願寺の録所(教務所・出張所)となります。 明暦の大火(1657)以後に神田筋違橋外から現在地へ移転。 大正12年、関東大震災にて焼 ...

昭和10年に吉原神社に合祀されています。 玉垣にも吉原の多くの歴史が刻まれます。 新吉原花園池(弁天池)跡案内板より。 「江戸時代初期までこの付近は湿地帯で、多くの池が点在していたが、明暦3年(1657)の大火後、幕府の命により、湿地の一部を埋立て、日本橋の吉 ...

弘前商工会議所会館の隣には宇野銃砲火薬店。 宇野銃砲火薬店は上鞘師町ですがちょうど鉄砲町との境にあります。鉄砲町はその名の通り、国友右衛門等などの鉄砲師が多く住んだ町。 津軽歴代記類によれば、文久3年、上鞘師町には鉄砲細工場が設置されています。 向かいに ...

待乳山聖天の境内へと上がる坂道です。坂を上ると本殿左横に出ます。 江戸時代に東都随一の眺望の名所と呼ばれていただけあって見晴らしがいいですね。 坂を下って行くと正面には新東京タワー…情緒壊し屋(笑) 坂下に狛犬一対。 更に近くの木々の中にもう一対が並んで ...

初代藩主為信が津軽氏と改称する以前の姓が「大浦」でした。 藩政時代初期は城内の一画にに大浦町を町割りしていましたが、後に現在地に移転し、藩政末期まで重臣たちが住んでいたところです。  元禄・宝永年間、武家屋敷の郭外移転で完全に侍町になります。  慶長16 ...

青空広場から座頭石山頂を目指す途中に神社があります。 昔は『おがみ神社(漢字は高おかみ神・闇おかみ神などに使われる字)』だったといいます。 つまりおがみ神社は竜神信仰で、竜神様の尾とされ、かつて尾神様として信仰され、改称した経緯まではわかりませんが現在は ...

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