くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2012年12月

精養軒近く。上野恩賜公園内。 松尾芭蕉が「花の雲 鐘は上野か 浅草か」と詠んだ時の鐘として有名。 時の鐘は、はじめ江戸城内で撞かれていましたが、寛永3年(1626)になって、日本橋石町3丁目に移され、江戸市民に時を告げるようになったそうです。 元禄以降、江戸の町の ...

神前結婚式といったら?…そうです。東京大神宮(東京都千代田区富士見)。 昔は家庭で行われることが多かったのですが、大正天皇のご婚儀により民間の神前結婚式への関心が高まり、その翌年には日比谷大神宮(現東京大神宮)で皇太子の神前模擬結婚式が公開されたことで ...

御祭神は天之日鷲命、日本武尊。一般に「おとりさま」と呼ばれています。 社伝によりますと天照大御神が天之岩戸にお隠れになり、天宇受売命が、岩戸の前で舞われた折、弦という楽器を司った神様がおられ、天手力男命が天之岩戸をお開きになった時、その弦の先に鷲がとま ...

平成中村座の向かい。故中村勘三郎さんがよく参拝に訪れた地です。 待乳山聖天は聖観音宗で金龍山浅草寺の支院。本龍院というのが正式な名称。江戸時代までは真土山と言われたとか。 創建は推古天皇9年(601)夏、旱魃のため人々が苦しみ喘いでいたとき、十一面観音が大聖 ...

下牛潟地区農村公園という丘に鎮座。 御祭神は滝津姫命、市杵島姫命、田心姫命。 宗像三女神。海の神・航海の神ですね。 鶴舞岬に文化8年建立と伝えます。 鶴舞岬という土地名は田光沼からきているのでしょうか。そもそも岬だったのでしょうか。 明治6年筒木坂山神 ...

弘前市自由ヶ丘。かつての清水富田になりますかね。 弘前城の濠の取水地とも言われる十三堤地域。 近くには寺沢川も流れます。 この場所にちょっとした森があり…その奥へと進むと… 神社出現! ひっそりと九頭龍神社の鳥居があります。 最初の鳥居の近くには建築記念 ...

東京都港区赤坂。 乃木坂駅(1972年10月開業)は外苑東通り沿いにあり、旧乃木将軍邸跡に隣接。 旧乃木邸跡に乃木神社が隣接。地下鉄乃木坂駅のすぐ横にあります。 神社前は乃木坂。 名称は乃木大將の殉死に由来し、かつて、なだれ坂、行合坂、膝折坂、幽霊坂などと呼ば ...

御祭神は建御名方神。 創立年月日不詳。 御神木がありますが、二の鳥居辺りで上を見ると何やら大変な伸び方をしています(笑) 入口には橋が架かります。 この川は弘前城西濠から流れる大久保堰の支流(旧樋の口川というのかな?)です。 元は諏訪宮と称されており、堂 ...

花園神社は、徳川家康の江戸開府以前から新宿総鎮守として重要な位置を占めていました。徳川氏が武蔵野国に入った1590年よりも前に大和吉野山より勧請。 寛永年間(1624~1644)までは現在の場所より約250メートル南の伊勢丹デパートの付近にあったそうです。 寛政年間に ...

古くは岩木山を奥社とする下居宮が十腰内に建立されていましたが、寛治5年(1091)に岩木山神社が勧請されたことで祭祀が移り、その跡地には厳鬼山御西方寺観音院が開かれ巨石大石明神の信仰が高まりました。 貞享4年検地水帳によれば、大森村の西南、岩木山山麓に大石神社 ...

大石神社には上宮、中宮、下宮とあることは意外に知られていません。 今回は中宮です。 大石神社上宮へ行く途中にあり、参道入口とされています。とはいえ、ここから上宮までは上り坂でかなりの距離があります。 大石神社といえばたくさんの馬が奉納されていますが、こ ...

大石神社由緒書の中に「第三大区小区大森貝沢両村産土大石神の儀は山中故大石神社下宮江神体安置し無別崇敬仕来得候」とあります。 大石神社が山中で遠すぎるため、かつて庚申様と呼ばれていたここに御神体を安置し、大石神社下宮とした経緯が伺えます。明治以降とのこ ...

土手町コミュニティパークの建設に伴って、かくみの稲荷様が無くなった!?と気になっていた方も多いかと思います。 背景を比べて頂ければわかると思いますが、場所は変わらず、ただ以前よりも少し奥に遷り、鳥居などすべて新しいものになりました。 …って本殿が無くな ...

四番寺です。 本尊は十界曼荼羅。日蓮の高弟で駿河国蓮永寺(静岡市)を開いた日持が蝦夷地への布教行脚の途中に開いた法華庵を前身とする伝承がありますが真偽は不明。 宝暦11年(1761)、14世体顕院日等の記した過去帳には、日持が松前渡海の順風待ちをした際に ...

三番寺です。 真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。 元和元年(1615年)、越前国米ヶ浦(福井県)蓮光寺の嫡男敬念が外ヶ浜根岸へ門徒21戸を連れて住み着き、草庵を建立したのに始まります。 寛永元年(1624)青森港開港後、浄土真宗寺院がなかったことから、 ...

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