くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2011/10

南溜池(南塘・鏡ヶ池)東側の堤下に「新派町」(現桶屋町)が町割りされた寛文十年(1670)前後に造られたと推定されています。 小沢通りとされていた土塁堤上が、藩政後期には土居通りと変わり、この坂上が辻と呼ばれたことから、辻坂と言われ始めたとか。明治になり ...

禅林街にあります「金龍山 盛雲院」。城西大橋からもよく見えますよね。 この日は盛雲院をギャラリーとした「harappa仏教シリーズ」が開催されて映像展示も行なわれていました。 盛雲院の開基は元亀年間(1570~73)に乳井美作(みまさか)とその夫人によって開かれたのが ...

下川原焼土人形は江戸時代の後半に九州筑前で陶器作りを修得してきた初代・高谷金蔵が、下川原に窯を築き、日用品を焼くかたわら冬に人形玩具を焼いたのが始まりで、現在まで約190年以上にわたって受け継がれています。 赤土と砂を調合した粘土を石膏の型枠にはめて形を ...

一見何でもないものがYUKIさんの目を通すと面白く見えてくるブラユキ写真館のお時間です。 まずはご存知、石川小学校PTAのインパクト看板… 「おちると死にます」。眼球も飛び出すでしょうね。 土手町スカイパーク横の路地です。 ここを抜ける路地は昔からあった気が ...

旧岩木町の植田地区西方にあります。 津軽一代様・辰巳です。 藩祖為信が津軽平定の後、最勝院(賀田)五世、眼尊上人に相談し、慶長7年(1602年)に浅瀬石の高賀野山に愛宕大権現を勧請し、祈願所としたのが始まり。 為信は慶長5年、関ヶ原の合戦に出陣し大垣城を攻め ...

乳井神社社殿 (旧毘沙門堂)と板碑群の紹介です。 御祭神は武甕槌命、経津主命、天手力男命。 尾上町(現平川市)猿賀神社の別当をしていた由緒ある寺院で、現在も社殿が弘前市指定文化財。「災いの前兆で手水が白く濁る(乳の井)」との言い伝えからこの名前が付いた ...

大館は扇田道下付近の坂道です。 この辺りは住宅が密集し、細い路地が多く、またちょっとしたキワがあるため、坂道が多く存在します。 勾配はありますが由緒や情緒には欠けます。いや、アウェイの地なので私が詳しくないというだけかも知れません。本当は名前があったり ...

黒石温泉郷山形地区温湯町内にある黄檗宗寺院。津軽三十三観音霊場第二十七番朱印所、津軽八十八ヵ所霊場第三十番札所。 境内の石段を登ると大きな岩があり、それを割って根を四方に広げた楓の樹があります。 風貌が盛岡市の「石割桜」に似ていることから「石割楓」と呼ば ...

明治から大正時代にかけての弘前の酒造界を代表する人物が福島藤助です。 藤助は明治 40年(1907)に酒造りに適した清水が湧く清水町吉田野(現在の吉野町)に福島酒造を、さらに、大正 6年(1917)には近接する富田字名屋場(現在の富田三丁目)に富名醸造を設立。 大 ...

江戸初期に各地に東照宮が造られましたが、弘前の東照宮は早くに勧請した東照宮で、1617(元和3)年、2代藩主信枚が弘前城本丸に勧請し、後に現在地へ移されました。当時6ヶ所にしか認められなかった東照宮を津軽に勧請されたのは凄いことです。御祭神は徳川家康公、天照 ...

護國山久渡寺の227段の坂道。 後半はお世辞にも綺麗に組まれた石段とは言えず、想像以上に体力を消耗します。 結構石段に蛇がいます。踏まないように気をつけましょう。 護国山観音院久渡寺 津軽三十三観音霊場第一番札所です。創建は延暦年間(782~806)阿闍羅山 ...

場所は弘前市役所の駐車場内なのでその存在を知っている人は多いはず。 大正6年(1917)建築、昭和34年移築、木造平屋建。設計は堀江彦三郎(堀江佐吉の長男)。平成15年に国登録有形文化財指定。 第八師団長官舎として使用されていましたが、市役所の新築工事の際に3分の2 ...

津軽伝承工芸館の南西側に位置する白山姫神社は、別名「袋観音堂」ともいわれ、午年の一代様として古くから信仰を集めてきました。参道には石彫りの三十三観音像が並び境内へと誘ないます。 鳥居の側には大きなイチョウの木があります。大永年間(1521~1582)は台風の ...

大館の秋田犬会館と桂城公園の間の坂道です。 この坂道には桂城橋が架かっており、旧大館城本丸と三の丸を結ぶ橋とも言えます。 桂城橋からは樹海ドームが見えます。 春になれば桂城公園の桜が咲き誇る美しい坂道です。写真はありませんが。 坂の途中でハチ公が見守りま ...

大正11年(1922)創業の吉井酒造株式会社。 「吉野桜」を醸す吉井酒造の蔵は今も弘前駅の隣にあります。 いかにも酒蔵らしい赤煉瓦の煙突が象徴的です。 駅前に吉井酒造(株)が造られたのは昭和14年なので、昭和10年地図には存在していません。 今と昔 ...

本州最北端の村「三厩村」にある義経生存伝説の寺。 源頼朝に追われて奥州平泉の衣川にて自刃したとされる源義経が、実はこの三厩から津軽海峡を渡って蝦夷地(北海道)に渡ったという伝説が残されています。 厩石(まやいし)と言われる岩礁です。 蝦夷地に逃げようとし ...

和徳城。平城。 弘和年間(1381~84)、安東氏の一族である安倍氏が築いた言われています。 南部氏が攻めてきた文安2年(1445)、清原氏の流れを汲むとも言われる配下、小山内氏の内通によって城は落城。以後、小山内氏は南部氏に従い和徳城の城主となります。 天文12(1 ...

住吉神社を探索すれば、遠くからゆっくりと近付いてくるお方がいます。 住吉神社を守りし、住吉伍長です。 住吉神社に行けば必ず現れて、私のような侵入者がいれば警備にあたります。 私が探索開始すればすぐ後ろを… のしのし…私が止まれば… 再び探索開始… のしの ...

辻坂より吉野町へ下りて正面に見える鎮守の森。 住吉町は江戸時代の弘前城下の一町。1708年(宝永5年)4代藩主信政の代に富田村領に住吉大明神社地(普光院)が置かれ、それに由来し住吉町になりました。主に下級武士が居住。 かつて住吉神社で御祭神が表筒男命・中筒男命 ...

其之壱はこちら。 其之弐のコース。 まずは久渡寺山山頂から岩落山山頂へ続く吊尾根を歩きます。 「太陽の道」と言います。 今回は行きませんがライオン岩という場所もあります。 吊尾根を象徴する案内標識。 太陽の道はブナやヒバの木漏れ日が気持ちがいいですね… ...

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