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青森県十和田市三本木稲吉。
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参道。
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狛犬一対。
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昭和54年9月19日建立。
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社殿。
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御祭神は武甕槌神。由緒等については調べていません。
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木鼻。
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拝殿向拝神額。
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社殿内。中央の神額には「鹿嶋大神宮」。両隣に写真がありますが、一人は渋沢栄一に見えます。
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本殿。
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境内社。
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小祠です。
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稲荷神社。
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稲吉入植記念碑(水野陳好書・平成2年9月19日建立)。※水野陳好…元渋沢農場長・元十和田市長・十和田市名誉市民。
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裏面碑文…『稲吉は、明治31年から同33年にかけて青森県三本木村に在する渋沢農場の故渋沢栄一翁が主宰する植民地計画に呼応した福島県信夫郡・伊達郡(上北郡を含む)の農家40戸で形成された。類例稀な不毛の原野に一鍬を下したが、その後幾多の風雪と障壁に遭遇した。先ず、同32年稲吉の一角に開田を試みたが漏水甚だしく、遂に放棄する悲運に見舞われた。更に同35年大凶作に襲われ、飯米はおろか種子さえ事欠く惨状で、極度の生活困窮に陥り、入植農家の離脱が相次ぎ、同37年には17戸に激変し、空前絶後の辛酸を舐めた。しかし、渋沢農場長であり現十和田市名誉市民、水野陳好翁の心血注いだ御教導を賜りながら入植農家の一致団結と相互扶助精神の基に、採種・米・蚕・畑作等の鍬一筋に、ほとばしる開拓魂と生業を賭けた、血の滲む努力により光明が差し込み、爾来、今日では稲穂が豊かに光り輝く市有数の農業地域に発展した。よって、先人のたゆまぬ御苦労と万物を育む大地に感謝を捧げるとともに、子子孫孫に大いなる希望と飛躍を託して此に入植93年記念碑を建立する。』
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