
三戸郡新郷村戸来字三嶽下。慶応3年の給地は戸来守285石余、戸来又兵衛263石余、戸来六衛門88石余で、すべて戸来氏一族が知行していました。西の十和田湖を経て津軽や秋田に至る小道筋にあり、戸来氏は藩命をえて番所を開設し、番人を配置していました。支村の田中には修験の五戸年行事の多門院が在住。多門院は本山派の修験を統轄し、霞は貞享4年の年行事職補任状(細川家文書)に「陸奥国南部三戸六戸七戸之内六拾七箇村」とみえ、五戸通を中心に三戸通から七戸・野辺地通までの広範囲に及んでいました。宝暦5年の社地堂社書上に堂社39か所、修験64人、神子6人、霞村153か村(小字数)とあり、その勢力は三閉伊年行事の寿松院に次ぐものでした。多門院直轄の堂社は当村内の三岳山観音堂・新山権現宮・白山権現・川台大明神・毘沙門堂の5社。村内には戸来氏創建の曹洞宗金沢山長泉寺があり、元は獅子咬山朝仙庵と称したといいます。神社は三岳堂があり、例祭日には金ケ沢鶏舞が演じられます。金ヶ沢鶏舞は金ヶ沢地区に数百年前から継承されてきた郷土芸能で、県無形民俗文化財(昭和51年6月26日指定)となっており、毎年盆の期間に墓地で供養の墓念仏を踊り、その後各家を回って先祖供養をします。8月20日の三嶽神社、9月1日の五戸町稲荷神社の例祭にも踊りを奉納。鶏舞・七つ道具・さんさの3演目があります。タイシカという太夫とその相手のシケンバイが鍬形の兜をかぶり、トリという踊り手は鶏形の烏帽子を付けて跳ねます。ハナと呼ぶ六角灯籠を中心に、笛・太鼓・手平鉦・ささらの囃子で庭入りし、三国という供養の歌に合わせて一本扇・サンパ・高太刀など10種目があります。七つ道具では太鼓・杵・太刀・棒・長刀・手平鉦・ささら・笛が庭入りし、太鼓の拍子の変化に応じて5種目を踊ります。八幡太郎義家が奥州征討の際、三嶽神社で戦勝を祈願し、白鶏赤鶏に蹴りあいをさせて戦況を占い、主従武者揃の式を挙げて士気を鼓舞したことのに始まると伝え、また、文政8年新郷村の長泉寺の新築落成で、岩手ニ戸郡から指導者を招いて踊ったともいわれているそうです。

国道454号沿いに入口が3ヶ所もありました。こちらは東側の鳥居。この田中から登る坂(参道)は上坂と呼び、他の2つは中の坂(神社)、しも坂(下坂)と呼んでいるようです。

東の鳥居近くにある三嶽神社東西大鳥居建立碑(昭和58年8月19日)…『三嶽神社は、三十二鳩嶺座宇迦之御魂命を主祭神に、神直日命を御相殿の神と仰ぎ、皇朝五十六代清和天皇貞観五年癸未七月十九日開基による県内希に見る古社なり。創建一千百二十年の祭りにあたり東西両参道大鳥居の建立に際し、氏子崇敬者中より各自、金壱万円の献金あり、誠に敬神の志篤きおこないなり。これを顕彰して各々その姓名を刻み後世に伝ふるためこの碑を建つるものなり。(以下寄付者芳名は省略)』

中央の白い鳥居。

中央の鳥居からの参道石段。


中央の鳥居脇の社号標と一千百年祭記念碑。


中央石段上の鳥居。

西の鳥居。


西の鳥居からの参道。

西の鳥居からの参道(上から)。

中央の鳥居と東の鳥居の間には石碑群(様々な石塔ほか、「軍艦夕張108號輸送艦記念碑 大東亜戦争五拾週年海軍ドラマ千字文 ラバウル サイパン 硫黄島 高雄 香港 トラック パラオ マニラ 厦門 九龍 平成4年4月建立 海軍二等機関兵曹 機関科甲板助手 大和幸一郎謹書」「香港海戦」「米内光政」「笹川良一先生」などの文字が見えました。)がありました。大雨だったのでよく見ていませんが、頂いた情報によりますと神社とは無関係で個人宅のようです。

ちなみに各鳥居の位置関係はこのような感じ。車の方は東側から行くと駐車場まで行けます。

中央もしくは東の鳥居から上ってくると、欅(ケヤキ)の御神木が見えてきます。


樹齢は500-800年(推定樹齢650年)といわれております。

ちょっと大雑把な推定樹齢ですが、神社の創建年を考慮するとどちらでもいい気になります。


欅の横にあった伊勢神宮・熊野大社参拝記念碑(平成4年3月3日建立)。禰宜、責任役員、神社功労者、神事係、一般参加者などの名前が彫られています。

欅から少し進むと更に鳥居があります。

創建一千百五十年記念鳥居。

鳥居の脇にあった石碑。まったく読めず…もしかして裏だった?笑

狛犬一対(昭和11年8月19日)。


石工吉田熊吉(盛岡市神子田)。


台座「満州事變從軍記念」。


台座裏面碑文。


石灯篭一対(明治37年7月19日)。


防火かん水池。

長床。

中には三嶽神社夏まつり時の写真や、新郷児童クラブ・しんごう保育園の皆様の作品などが展示されていました。


三嶽下生活環境保全林案内図。


三嶽下生活環境保全林案内図によりますと、作業歩道がこのようにあり、三嶽神社を1周するような形で様々な樹木等を見らえるようですが、天気が悪かったので行きませんでした。

『三嶽神社(新郷村戸来)~其之弐』へ続く。


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