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岩手県二戸市石切所。鎮座地は小壁平。上里沢との境。
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参道入口(男神岩女神岩登山道入口)付近に念佛供養塔があります。ダンヌ坂上。
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近くには二戸市消防団第四分団第四部屯所があります。ダンヌ坂下にはエゾの館跡「チャシ」と推測されている石切所館・蒼前館。その向こうには大崩崖も見えます。
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念仏供養塔の紀年銘は嘉永7年(1854)。天保の文字が見えます。天保の飢饉の餓死者供養のようです。
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「名勝男神岩・女神岩・歩道入口・ここから先約30分」という看板に従って進んでください。
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古そうな宝篋印塔がありました。その他石切所には3基の宝篋印塔があるそうです。
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上里コース登山道入口(女神岩510m・男神岩860m・展望台960m)とあります。ちなみに小説「馬淵川」では上里と奥山からの道(舗装された観光道路)があると書かれています。
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高所恐怖症のため、男神岩・女神岩には絶対行きませんけど、看板に従って歩いて行くと八幡宮の鳥居が見えます。
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八幡宮鳥居。
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狛犬一対。
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紀年銘は昭和19年旧8月15日。
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御神馬。
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灯籠一対。
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参道石段。
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社殿。
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御祭神は八幡大神(誉田別尊)。由緒は下記案内板参照。
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八戸市の櫛引八幡宮から分神をいただいて祀ったという八幡宮。櫛引八幡宮が奥山に176石を領し、第48代別当普門院、小笠原健之助が住んでいたことにも関連するのかと思いましたが年代は合いません。
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神額「八幡宮」。
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社殿内。
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手水石一対(昭和19年旧9月15日)。
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石灯籠一対(昭和18年旧9月15日)。
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山神(弘化5年)。由緒は下記案内板参照。
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その他石碑、石祠。
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案内板「上里の山神(やまのかみ)と八幡宮」より…『この地に山神が祀られたのは、今からおよそ160年前の江戸時代末期の1848年・弘化5年のことです。それが元となりそれから約40年後の1885年・明治18年頃に八戸市の櫛引八幡宮から分神をいただき、現地に祀りましt。山神とは、山の仕事をする人を守る神様です。又、山神は、男女神で両性をもつ神様ですがいつの頃からか女の神の方が強くなり、妻や奥さんのことを山の神と言うようになりました(地方により異なる見方があります)。※櫛引八幡宮は南部藩の一の宮(六の宮まであった)として特に知られています。』
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上里コース登山道(女神岩450m・男神岩800m・展望台900m)。
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もちろん行きません。
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