イメージ 7
青森県下北郡大間町大間。浄土宗無量山阿弥陀寺。下北半島三十三所観音巡礼(田名部海辺三十三観音)第21番札所(聖観音)。本堂長縁左端の堂型お厨子にあります。※境内、色々と工事中でした。
イメージ 8
大間の中心街には通称「カミテラ」と「シモテラ」が向かい合って鎮座しています。カミテラとは無量山阿弥陀寺のことで、シモテラとは大澗山福蔵寺のことです。円通寺の偏額によりますと大間の二十一番札所は「庵寺二立ツ」としか記されておらず、どちらのお寺かはわかりませんが、両寺とも立派な観音様を安置しています。※現在は阿弥陀寺になっているようです。
イメージ 9
阿弥陀寺の本寺である佐井村発信寺の由来記によりますと、発信寺二世で延宝3年に遷化した廓誉上人(直含至風和尚)が阿弥陀庵を草創。境内に廓誉上人の墓石があります。阿弥陀庵が寺格を得たのは昭和4年4月29日。御本尊阿弥陀如来は300年以上前に造られたものと伝えます。
イメージ 1
イメージ 2
また、文献により異なる部分もありますが、元禄元年に喜徹和尚が茲恩院殿菩提のため創立。創立当時は発信寺末庵。新撰陸奥国誌では宝永2年5月、武内伝兵衛開基、二世観山和尚開山となっています。
イメージ 3
イメージ 4
余談ですが、大間町では、お盆期間中に先祖代々の墓前で花火をする独特の風習があります。盆の入りの13日夕、町内にある墓地には家族連れや帰省客が次々と訪れて、迎え火ならぬ花火で祖先の霊を賑やかに迎えるそうです。花火は手持ち花火だけではなく、ドラゴン花火や打ち上げ花火までするそうです。墓で花火をする風習は長崎県にもあり、長崎歴史文化博物館によりますと、江戸時代の文献にも掲載され、中国から伝わったとみられています。賑やかな墓参り…漁師町っぽくていいですね。
イメージ 5
案内板より…『阿弥陀寺の本寺で、佐井村発信寺の過去張によると、発信寺二世で延宝3年(1675)に遷化した廓誉上人(直含至風和尚)が阿弥陀庵を草創。阿弥陀寺が寺格を得たのは昭和4年のこと。客仏堂に安置された聖観音像は、「カミテラの観音さま」と呼ばれ、観音講がさかんであった。』
イメージ 6
イメージ 3
イメージ 2