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二戸市金田一舘。曹洞宗金田山長寿寺。上記写真は八坂神社からの道。
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山門。
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寺号標(昭和41年9月石垣改築記念)。
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あうんの石です。福田繁雄氏によるもの。見る方向によって「あ」と「ん」に見えます。
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山門から本堂。
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かつての金田市村で、「邦内郷村志」では神社として牛頭天王、寺院として宝永年間建立の曹洞宗長寿寺と実相庵が見えます。寛永8年の開山と伝えられています。
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石灯籠一対(平成10年5月吉日)。
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木造青面金剛像(庚申像。青面金剛像1体、童子像2体、猿像3体、台座1基、寿牌1基)が二戸市文化財に指定されています。江戸時代中期の元文4年、金田市(現二戸市金田一)の伊藤お蔵により、庚申信仰の本尊として長寿寺に施入された稀にみる大型の仏像彫刻。青面金剛立像:総高149.5㎝、像高110.2㎝。二童子:像高48.5㎝。二童子:像高48.0㎝。三猿像(言わざる)20.5㎝、(見ざる)19.7㎝、(聞かざる)19.8cm。
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境内の南側共同墓地に一本の藤の大樹(二戸市天然記念物)があり、その昔、大勢の人々で混み合う金田一の市に子連れの巫女が来ました。人混みにもまれながら買い物を続けていましたが、雑踏の中で愛娘が踏み殺されてしまいます。巫女はこれを大変嘆き悲しみ、当寺の境内に小さき藤を植え「此の藤ある限り金田一には大きな市日が立たぬように」と呪い、愛娘を追うかのように巫女も亡くなりました。その後の金田一の市では相変わらずの混雑を極めたものの、その都度怪我人や死者が出るようになりました。人々はこれを「巫女の呪いなり」と怖れました。今でも長寿寺境「祈り藤」を切ると血が出ると言われており、誰も手を触れないそうです。
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耕心館。
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手水石。
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金田一小学校発祥之地。明治14年10月に八坂神社の下に校舎を新築し移転。
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石灯籠3対。
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無縁仏の中に…
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これはアレにしか見えませんね。
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畜霊塔・馬畜霊塔・三界萬霊塔など。
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六地蔵。
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鐘楼。
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梵鐘。
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境内からの眺望。
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参道の先、遠くに寺号標が見えました。私は八坂神社の境内から直接来たので通っていません。八坂神社・長寿寺・四戸城跡(べこ石)はいずれも隣接しているので、徒歩で1度に参拝・観て回れます。
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