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十和田市深持梅にカヤ人形を見に行きました…が!ありません笑
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青森県立郷土館特別展(2002年)「東日本の神送り行事」にて展示されて以来、そのまま常設展示に活用されて、現在も青森県立郷土館に行けば梅のカヤ人形(男女一対・高さ3m弱)を見ることができます。実際私も見たことがあります。そして、青森県立郷土館ニュース(2014年)によりますと、前年、つまり2013年を最後に人形作りはもう最後にすると決定され、2014年の人形の撤去以来作られていないようです。その情報を全然知らなかった私は今年のカヤ人形を拝むべく、久々に十和田市梅を訪れたわけでございます。「鯉艸郷(←初訪問記事)」(「鯉艸郷」←リベンジ記事)といい、「幻の穴堰」といい、私この近郊の相性が悪いようです…ただの情報不足ですけど(笑)人形はそれまで毎年梅の神社の例祭日(6月15日)に作られて、魔除けのために村の西の入口に立てられ(東の入口には注連縄)、1年間村を害悪から守り、翌年新しい人形と交替していました。また、梅地区はかつて敗走した落ち武者達が住み着いた場所という伝説も残しており、そのこととも関係がありそうですね。見たい方は青森県立郷土館に行くか、ネット検索してください。すいません。ちなみにGoogleストリートビューでは撮影日が2013年5月で、今でも当時のカヤ人形を拝める状態です(2018年現在)。
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梅集落とカヤ人形…『ここは江戸時代に建てられたカヤぶきの民家や正月の若水彼岸の中日に行うトシナやヤサラ、田植えあがりのテノリや人形結いなどの風習習慣を数多く残している民俗のふるさとである。ここの人形結いは毎年旧暦6月24日、各戸から男一人ずつがカヤとワラを持って集落の中心地に集まり、男女一対の人形を作り集落の入口の長塚に男は向って左側に女は右側に立て、御神酒と各戸で作った子供の手のひらぐらいの「そばもち」に「ジュネみそ」のタレをつけて木の枝で作った串に本家は5枚、分家は3枚つけ2本の串を1本ずつ人形の胸部に刺し供え祈願をし御神酒と「そばもち」を食するとその年無病息災であると伝えられ、1年間の大役が終わるとその立木からほどかれ自然に朽ちらせる。戦後は村の産土神社の例祭日に合わせ新暦の6月15日に行っている。集落の言伝えによれば悪魔の侵入を絶対防止のため日夜警戒していると伝えられている。また天明のききんのとき集落に妖魔を入れないために人の代わりに立てたのがはじまりだとも言われている。このような風習は大正時代までは県内のいたるところで若干の相違はあったが広く行われていた。』
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案内板をよく見ると小さい文字で…『※梅集落の「かや人形」は平成26年で休止しました。板ノ沢のかや人形は今も御瀧大龍神にあります。』
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余談になりますが、6月26日に梅集落の伝説に残る「梅の丁塚(経塚)跡」の標柱が新たに設置されました。集落入口の塚には寺院があり、古い記録や過去帳などの遺品が埋葬されたと伝えられているそうです。これらは奥州藤原氏の初代藤原清衡が築かせた距離を示す塚の一つとも推定されています。梅集落…面白い集落ですね。
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