
三戸町泉山字船場。かつての泉山村。

石灯籠一基(明治24年6月)。

見応えのある灯籠です。



参道(石段)両脇にはたくさんの石塔があります。たくさんあったのであまり細かくは見ていません。詳細を知りたい方は現地にGO!こちらは念佛供養塔、念佛百万遍塔、波阿弥陀佛。天保7年などの紀年銘が見えます。

小さな祠がありました。上にサザエが乗っています。

そのすぐ裏の石塔「孫嫡子神」。

「月山」(明治38年旧1月)。

「月山・十和田山」(文政6癸未年4月)。

「月山」(明治17甲申年7月15日)。

出羽三山(大正13年)。

こちらは読み取れず。

植林記念碑。

月読命。創建不明。祭日は旧6月12日。境内地36坪、本殿2坪、幣殿2坪、拝殿8坪。南部十三世守行が名久井岳に社殿を建立して藩の祈願所としたと伝えます。明治6年廃社となるも、同12年8月6日復社、同11月村社に指定され、同時に現鎮座地に遷座。

村人はこぞって崇拝し、旧暦6月12日(現在7月15日)、氏子の数え年7歳の男の子が水垢離をして身を清め、浄衣をつけて、父兄と一緒に登山して参拝します。奥宮に着くと神官のお祓いを受け、一同は父兄と山上で共同飲食をします。この日7歳児の家では餅をついたり、赤飯を炊いたりして初参りを祝福。出羽三山から伝わったと云われるこの登山参拝は現在も行われていて、泉山の月山初参り(国指定無形民俗文化財・泉山七歳児初参り)と呼ばれています。

拝殿神額。

拝殿内。

拝殿蟇股。

拝殿木鼻。


拝殿海老虹梁・手鋏。


泉山部落明治百年之姿勢。

狛犬一対(明治24年5月)。


石灯籠一対(昭和15年11月10日・日支事変帰還兵一同一対建立)。


手水石一対(明治42年旧6月12日)。


拝殿前石灯籠一対(明治24年)。


「月山」(明治39年7月15日)。

「月山神社」(関東・関西・四國・九州聖地参拝記念。昭和16年3月10日旧4月2日)。

「月山神社」。

裏面碑文…『随神ノ美風發揚ヲ祈念シテ同志相図リ明治三十五年春産土神月山神社名久井岳参道両側全線ニ亘リテ三千五百餘ノ杉苗ヲ奉納栽植ヲ了シヌ是ニ碑ニ録シテ部落ノ吉福ヲ祷リ奉ルト云爾敬白皇紀二千六百四年昭和十九年一月建立』。

「月山」(大正10年旧3月15日)。

「月山神社」(聖地参拝記念碑。昭和46年3月吉日)。

「御神楽八十八周年記念」(昭和54年5月1日)…裏面碑文『「権現様の由来」明治二十四年「山土」二代目山下萬助氏の家新築に際し馬喰町に住む小向正衛に柳の木で大小二つの権現様を製作して貰ったものと伝えられている。舞型は本ヤグラの舞と云い、留ヶ﨑の望月卯八より「山田」山田岩吉が習い神楽を始めたのが最初であると云う。当時の世話人は「丸八」山下栄八で笛吹きは「山久」久手浅吉「山金」山田要助、太鼓は「山一」山下金蔵「┐セ」山田忠次郎、舞は「山忠」山下忠八「山サ」佐々木庄之助「山松」佐々木亀「佐倉」佐々木倉松等でエンブリを出して居った当時なれば上手な人が多かったと云う。大正十二年頃より一時春祈祷を休んで居ったが昭和三年に「丸元」佐々木元助「丸美」佐々木惣吉「山十」山下留吉の三人が「山田」山田岩吉より舞を習い春祈祷を再開し後記の人達へ引継ぎ現在に至って居る。権現様の御宿は当初「屋敷」山田清六より「┐メ」佐々木音吉「山正」佐々木弥兵衛に移り明治三十八年頃月山神社に移し大正七年ころ「山サ」佐々木庄之助宅に移し昭和二十五年「山土」山下禎三宅に移し現在に至る。第二回目の幕は大正四年頃「┐メ」佐々木末吉「山松」佐々木申松「丸山」山下松太郎「丸せ」山下清吉「山久」久手弥助「山金」山田要助「┐ス」佐々木金太郎が取替えた。御頭塗替えは昭和三十三年「丸K」佐々木金太郎「丸一」山下一郎「山中」中野勇太郎「丸要」佐々木慶三郎「山十」山下留吉「丸せ」山下清之助が之に当る。笛「丸忠」伊藤忠隆。太鼓「丸せ」山下清之助。「┐中」中野貞吉。「丸せ」山下昭治。手平鐘「丸一」山下正一「┐土」山下泰男「山忠」山下忠悦「山正」佐々木安意「山田」山田勝栄「丸三」佐々木典男「山市」山下勝義山田三次郎。舞手「山久」久手久明「丸土」山下利定「丸二」山田正司「丸共」藤原工「山久」久手弘喜「丸忠」伊藤忠一郎「佐倉」佐々木順一「山サ」佐々木俊一』(※「」内は屋号)

「月山神社奥殿新築記念碑」(遷座580年・三戸町長杉澤四郎・昭和63年7月25日建立)。

山下禎三翁之像(昭和40年7月)。台座裏の碑文に詳しい説明がありましたが読みませんでした。上記「御神楽八十八周年記念碑」にも出てくる方です。

月山神社幣殿・本殿覆屋。

月山神社本殿と並んでもう一つ建物があります。


個性的な御神馬がいました。


御神木。

裏参道。

こちらは月山神社から少し離れた場所(泉山中野)にある社。

月山神社から月山神社奥殿へ向かう途中、名久井岳の麓に鎮座。

何らかの関係がありそうですが、社名もなく由緒等はわかりませんでした。

推測になりますが、社殿に蹄鉄があったので馬(馬頭観世音)に関係しているかも知れません。

手水石。

狛犬。

阿形のみです。

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