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秋田県北秋田市綴子東館。
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曹洞宗珠光山寶勝寺。
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下野国宇都宮成高寺末寺。
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街道沿いに総門があり、細い参道を奥に進むと山門が見えてきます。
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参道沿いの狛犬一対。
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不許葷酒入山門。
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地蔵菩薩。
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宝勝寺の山門は四脚一間一戸の楼門。
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屋根が入母屋で壁が朱色に塗られた重厚感のある建物。宝暦12年(1762)建立。楼上には白山妙理大権現を安置。
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金剛力士像。三十三世秩父威仙師(昭和17年)の造顕。
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稲荷堂。
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「鎮守正一位稲荷大明神・荼枳尼尊天」
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狐一対。
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本堂正面。
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六地蔵。
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達磨。
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鐘楼堂。
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梵鐘。
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寺務所。
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聖観世音菩薩。
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本堂。
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寛正4年(1463)創建。
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寛文6年(1666)に火災で全焼しており詳細は不明ですが、綴子を開いた高橋八郎兵衛家と深い繋がりあったそうで、同家を本家といっている点から同家の開基が推定されています。
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高橋家は綴子における祖である高橋光透の時代から100年余を経た頃、当事の刑部岱に在った高橋家のそばに、旅の行脚僧が小さな庵を建て庵主住いをしているのを、永正年間に成高寺の弟子と思われる明巌慶高(明岩桂光)大和尚がこれを一寺となし、開山第一世となったものと推測。永禄3年(1560)にはその前年に居を移した高橋家第6代玄蕃の後を追って元小学校跡地の外館、現在楽屋被服敷地に宝勝寺を移転。本堂など伽藍が建ったのは8世中興然室長廓大和尚時代。万治2年(1659)現在の東館2番地に移転。
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宝永元年旧本堂再建。現在の本尊は宝永2年(1705)寄進。腹部に旧仏体を入れたもので北秋田市の指定文化財(平成元年10月1日・京都の大仏師法橋立乗作・佐藤七郎兵衛寄進)。
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境内案内板より(珠光山寶勝寺畧由耒記)…『室町時代寛正4年(西暦1463)綴子村発祥の地、刑部岱下方に道元禅師十世の法孫、明巖桂光大和尚により開創、曹洞宗に属し、本尊は宝永2年(1705)京都大仏師法橋立乗作の等身大坐像の延命地蔵菩薩で佐藤七郎兵エ家の寄進。両大本山は福井の永平寺と鶴見の総持寺。本寺は宇都宮市の成髙寺(宇都宮公の菩提寺)、末寺は八幡平谷内の延命寺(当寺四世が天文3年「1534」に開創)、開基家は不詳なるも丗三世まで代代の安下所は髙橋八郎兵エ家で、現住三十四世の安下所は九島直吉邸。●変遷…六世代永禄3年(1560)刑部岱から綴子外舘に移り、十世代万治2年(1662)現在地、綴子字東舘26に移る。十一世代寛文6年(1666)マタギ火災に因り堂宇過去帳等悉皆燒失十四世代宝永元年(1704)本堂再建廿世代宝暦13年(1763)山門建立廿三世代文化4年(1804)3月廿日権太郎火災に因り、諸仏像過去帳古文書等以外の全建造物(本堂大庫裡、方丈、御影堂、衆寮、倉庫等)は悉皆烏有に帰したが、此年假庫裡建立、廿六世代文政7年(1824)本堂再建、廿九世代安政6年(1859)6月大庫裡再建丗一世代明治11年(1878)本堂売却(大館市蓮荘寺へ)、假本堂兼位牌堂建立し昭和22年(1947)に至る。昭和23年(1948)丗三世代3月位牌堂、翌年冬本堂落慶、同25年6月、大本山永平寺73世大光圓心禅師を請して入仏落慶式修行。昭和33年(1958)7月旧庫裡解体翌年1月落成。同37年(1962)丗三世戒師寮寄進、44年(1969)11月3日大梵鐘(口径1m22)並鐘楼成る。丗四世代、同58年(1983)本堂、位牌堂、大佛殿等屋根銅板に葺替。大仏殿には丗三世代昭和25年6月造顕の聖観世音菩薩木像、大仏、生れ年守本尊、江戸初期の諸仏像等が安置され、本堂位牌堂等の格天井は800枚の絵画で荘嚴されている。昭和60年4月丗四世代。昭和60年4月25日、宝勝丗三世東堂、秩父威仙満81歳撰書』
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本堂前石灯篭一対。
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本堂前狛犬一対。
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水子地蔵尊。
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延命地蔵尊。
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延命水…『この霊水は大佛殿の地下六m余から湧出し清洌比なく浄心を以て飲用すれば心身の汚れ消除し延命地蔵さまのご加護により福寿延命必定。この霊水は昭和58年8月千葉県八街町朝日住佐々木信次・松恵夫妻(下町出身)が亡両親菩提のため寄進されたものである。宝勝寺34世秩父孝成代』。
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碑(大正9年8月)。すいません。読んでいません。状態はいいです。
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麓昻(E+エ+人)治君之碑。
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針供養塔(昭和43年2月8日)。
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寶勝寺勧請西國三十三所観世音菩薩。
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南無福壽観世音菩薩。
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一葉観音。
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福壽大黒天。
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福壽大黒天…『大黒さまは大黒天とも申し元来は印度の神さまで今は仏教の守護神となっている。打出の小槌を持ち大きな袋をかつぎ、米俵に坐っているのは食事に不自由しないようにと農業の神として信仰されるようになった為で、頭に大きな頭巾をかぶっているのは、人の髙ぶることをいましめる為のもの。それで昔からお寺の厨房(台所)にまつられており、民衆から富と福を授けるニコニコ顔のなつかしい福の神としてしたしまれている。皆さんの家でも台所におまつりして、福と寿と徳が授かるよう信心されたいものです。なお大国主命とは全くちがう仏教の天部の神、否、仏さまが大黒さまで、ご縁日は六日と十日とである。』
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句碑4基…『「本尊に延命地蔵おはしますめぐみもふかきつゝれこの寺」「世々を経て移り変はりの人のさに変はらぬものは法のみひかり」太田 松尾和一』、『「みほとけの鎮まりますし宝勝寺鐘楼の鐘鳴り合掌に正坐す」「つゝかなくこの一年は流れかしわが背におもきよはひかさねて」田中 成田ミヨ』、『「えにしありこの古刹よ嫁ききてお慈悲仰きて八十路越えけ里」平成2年10月寺田 秩父キク女』『「五百年の史にもしるき宝勝寺今合掌す大きほとけに」「けたかくもおめぐみ深き大観音慈眼仰きてわれたゝおろかむ」平成元年水無月』間違ってるかも。旧字読めーん!
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八角堂など。
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宝勝寺造園協力者芳名顕彰碑(昭和47年春・開創510年記念)。
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無事蛙。
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庭園。
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とても広いお寺です。
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裏参道。
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裏参道入口。
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裏参道入口の狛犬一対。
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大変見応えのあるお寺さんでございました。
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