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山形県米沢市城西1丁目。真言宗醍醐派善日山千勝院。御本尊は刀八毘沙門天王。
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刀八毘沙門天は毘沙門天信仰の内に発祥した異形像。正式な経典、由来は定かではありませんが「刀八」とは兜跋(とばつ)から発祥したと考えられており、戦国時代に多くの武将達の信仰を集めました。姿は兜跋毘沙門天とは異なり、三面十臂像・四面十二臂像など様々。共通して特徴的なのは、刀を8本持ち獅子に乗る像が多く見られます。更に大部分の刀八毘沙門天は頭上に如来を頂いている姿が目立ちます。信仰上、通常の毘沙門天信仰と変わりはなく、戦国武将の守り本尊として祀られるケースが多くあります。戦国武将の上杉謙信公は刀八毘沙門の旗(御旗本尊)を掲げていました。この軍旗のもと、上杉軍は多くの戦いに勝利を得たので、千度戦えば千度勝つことから、後に千勝院と改称。
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千勝院は上杉謙信が越後高田に創建した千手院に始まります。上杉謙信以下歴代城主の祈願所、謙信の守護本尊である刀八毘沙門天を祀っており、合戦の際は護摩を焚いて戦勝を祈願しました。上杉まつり武帝(示+帝・てい)式の前には必ず立ち寄ることになっており、千勝院への参拝は上杉まつりの成功を願うとともに当地における御先祖への尊敬の意味が込められています。
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善日山千勝院…『上杉謙信が深く信仰していた刀八毘沙門天を守護本尊として祀っている。本堂の側にNHK大河ドラマ「天と地と」を記念して、青銅造りの毘沙門天像が建立され、目を奪う。』
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毘沙門天像。
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「天と地と」記念に…『我が體を見 わが名を聞いて口に称え 心に念ずる者は 無量の福を増長し 常に安楽にして豊饒なり 毘沙門天王功徳經』
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善日山千勝院…『越後高田で「千手院」と号し、上杉謙信の祈願所であった。謙信は刀八毘沙門天を守護本尊として祀り、出陣の際は必ず護摩をたいて戦勝を祈願した。降魔の神である毘沙門天の「毘」の一字を白地に大書し、本尊の代わりに戦場へ持参したので、「毘」の軍旗は「御旗本尊」とも称された。この軍旗のもと、数多い戦に必ず勝利を得たので、千遍戦えば千遍勝つという寺号を「千勝院」と改称された。山号の「善日」は「日々是好日」から名付けられた。慶長年中、上杉家の移封に伴って会津から現在地へ移住した。例大祭10月18日。米沢市』
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本堂の周りにはたくさんの石塔・石仏がありました。
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たくさんあったのと、読み取りにくい状態だったのでちゃんと見ていません。
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庚申塔の類が多かったです。
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石祠もたくさん。
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っていうか多過ぎ。
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小祠。
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子育地蔵尊。
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六地蔵。
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六地蔵の横に子安観音。
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