
明治初年に大井沢村(西川町大井沢)から当地に移り、昭和7年小野山大黒天本山と称して信仰を集めました。大日寺(西川町大井沢)は明治元年(1868)の神仏分離令により寺号を廃し、湯殿山神社(大日寺跡湯殿山神社)となり、御本尊の大日如来・阿弥陀如来・観世音菩薩の3像を米沢市小野川の宝珠寺に、地蔵菩薩像を当時の大井沢村長に譲るなど、寺宝は縁のある諸寺院や個人に引き取られて散逸したといいます。甲子大黒天本山は甲子大黒天を祀る日本で唯一の本山。大黒様は弘法大師作といわれ、開眼の時に「餅を食べる事によって福禄寿が受け入れられる」と人々に説いたそうで、毎年11月の例祭では福餅が参拝者に振る舞われており、神殿で大黒様と一緒につきたての餅を食べることができます。この他、写経や腕念珠作りも体験することができ、多くの参拝者が訪れるそうです。

参道脇にいくつか石塔・庚申塔などがありました。



馬頭観世音・青面金剛。

南無阿弥陀佛・湯殿山(蠶養倍盛)。

寺号標。

参道。

手水舎。

石灯篭一対(昭和17年4月28日)。


甲子大黒天本山本堂。




小野川観音(宝珠寺)案内板によると「東の甲子大黒天本山、西の出雲大社を我が国福禄寿授興の二大霊場と称し当山は弘法大師御謹作の甲子大黒天を祭る日本唯一の本山であります。尚神仏分離の大政官令に依り出羽三山の御神体である湯殿山、月山、羽黒山大権現を奉安すると共に、上杉歴代本丸の祈願所として古来尊崇篤く一度この霊地に立てば福縁を得、信じて開運、努めて萬福を得ると謂われて居ります。境内には小町居所跡、開山開湯の碑、札所観音堂、小町の宮を始め小町山頂よりは国立公園の眺望絶景、清涼の気、心を洗い薫風延命の寿を得る処でもある。小野小町は「われ此処にて真善美の心を得た」と絶世の美人が心眼を開いた場所でもある。」とあります。又、別の案内板によると「当山は甲子大黒天を祭る日本唯一の本山で弘法大師が湯殿山開創の砌、大日如来との霊異相承にて御謹作せられたと伝えられ神仏分離により遷座された。甲子大黒天は八万四千の福徳神を眷属とする福、禄、寿授与の大守護神であり全国各地から参詣者が絶えない。境内には置賜三十三観音札所、小町宮、小町居所跡開山開湯の碑、小町山自然遊歩道などがある。」とあります。

唐金の大黒様。12年に1度の御縁年にあたる平成8年1月15日に、富山県高岡在住の日展彫刻家田端功氏によって唐金の甲子大黒天像(高さ8尺、6尺の台座を合わせて1丈4尺。唐金製の甲子大黒天像としては日本一。)が建立されました。

境内からの景色がいいですね。


小野川温泉街を一望できます。

小野川観音(宝珠寺)は置賜三十三観音霊場第21番札所となっています。

宝珠寺の創建は弘化2年(1845)に開かれたのが始まりで、神仏分離令により湯殿山の仏式が一掃された際に、湯殿山大日寺(大井沢村)でお祀りされていた甲子大黒天など仏教色が強いものが当寺に移されました。観音堂の詳細は不詳ですが明治25年に宝珠寺の境内に移されとされ、置賜三十三観音霊場札所となっています。

御本尊:聖観世音菩薩。御詠歌:「ありがたや だいひおふこの のりのみち ちかひもふかき おのがわのさと」。宗派:真言宗。

鰐口。

ほとんど消えて読めませんが、當国三十三所巡りをした方々の名前。

こちらも消えて読めませんが『宝珠寺、本尊正観世音菩薩・「あわのくに 一のみやとや ゆふだすき かけてたのめや このよのちのよ」』といった内容。

弘法大師入定千百年遠忌塔。

小野川観音(宝珠寺)前から見た甲子大黒天本山。

案内板にもあったように、この先には小町山自然遊歩道(小町居所跡、小野小町碑など)が続いていましたが、時間の都合上回れませんでした。

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