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23代南部安信公の墓へ向かいます。
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参道沿いから少しだけ逸れた場所にあります。
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標柱「南部安信の墓」。
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南部安信の墓(宝篋印塔)一基(青森県重宝・平成14年4月17日指定)…『南部23代太守安信公は、大永5年(1525)4月5日に没し、行年33歳であった。塔の笠部に「悦山」「怡公」、基礎に「廿三代太守右馬允安信公」と刻んである。戒名、金剛院殿悦山怡公大居士。安信公は22代政康公の長男で、従五位下右馬允に任じられた。右馬允という官位は決して高いものではない。しかし、この治政に津軽では3代利右衛門の子主水が乱を起こし、堤ヶ浦にあった郡代の居城を落としたので、安信公は弟高信に兵を授けて主水を討ち津軽を鎮めた。弟信房には不来方城を守らせて南の斯波氏に備え、秀範には西秋田氏に備えて毛馬内城に居住させ、長義には浅水城を守らせるなど、領内に大きな布石をした人であるといわれている。』
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青森県重宝!!っていう雰囲気はないです。
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石燈籠一対。
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南部安信の墓(宝篋印塔)。状態は良く、台座に刻まれた文字などもしっかり読み取れます。
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