
南部町福田古舘に鎮座する嚴島神社(福田厳島神社)。

参道。


境内地は古館跡になります。

狛犬一対(昭和8年5月8日)。


石灯篭一対(昭和2年5月8日)。


石灯篭・手水石。

記念碑(昭和10年5月8日・満州事変陸軍歩兵)。

従軍記念碑(明治37・38年役)。

嚴島神社改築記念碑(平成元年5月吉日・裏面改築工事寄付芳名者)。

嚴島神社の御祭神は市杵島姫命。祭日は5月8日。福田地区の産土様。藩政期には弁財天堂と呼ばれていました。宝暦5年(1755)の常林寺門間教改書には「弁財天堂」とあり、享保9年(1724)9月29日に佐藤小右衛門が施主となり、鳥居一基と一間四方社殿を建立とされます。

享保9年(1724)9月29日の創建に係る祭神は市杵島姫神仏習合の際は弁天様と申し、またの御名狭依姫女神でもともと筑前の宗像三前の神社大島の中津宮に住まし、安芸(広島)の宮島に勧請されて厳島神社となったとのこと。水辺に関係のある神なる故をもって、部落を馬淵川の水災より防護するため奉祀したと伝えます。


明治初年の「新撰陸奥国誌」では厳島神とあり、明治4年に神社の整理が行われることとなり、同6年に一旦森越の稲荷神社に合祀されるも、同8年2月復社して村の鎮守となり、翌9年12月に村社。同40年4月19日神饌幣帛料供進の社に指定。例祭は従来陰暦4月8日でしたが、明治43年5月16日に陽暦5月8日に変更の儀が許可となりました。例大祭ではえんぶりなどが披露され大変賑います。

現在の社殿は平成元年5月8日に改築。


蒼前神社。中には数多くの絵馬が奉納されており、馬産地であったことを彷彿させますが、最近では猫などのペットの健康を祈って納めたものも見られます。


名川町誌によりますと、福田地区の産土様である福田嚴島は福田館の前身で、字名を古館と呼んで、福田掃部の居館だったと言われており、その福田館の館神であったといいます。

古館跡…『この館は、福田館の西方約500m、大字福田字古館地内にあり、馬淵川右岸の低い台地先端部に位置している。規模は、東西約110m、南北約120mで、北側の馬淵川に面した部分がやや狭くほぼ三角形に近い形をしている。堀は、東南から西北に向って二重に走り、馬淵川に落されている。堀幅は、上幅でいずれも13mほどで、良好な状態で残っている。また、厳島神社の西北にも浅い堀がみられる。館の南側にある県道と水田、また西側の水田も、かつては堀や堀がわりとして利用されたと思われる。館の起源、由来とも明らかでないが、福田館の前身ではないかといわれている。構造からみて、中世の館であることは間違いないであろう。昭和57年6月福地村教育委員会』

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