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大字中野目にある智園寺(ちおんじ)。創立は寛文6年もしくは寛文3年で、寿外庵と呼ばれていました。
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開基の萬外澤大和尚については、明確な伝記が伝えられていないものの、雨乞いを行った様子や、人の生死を言い当てるなどの伝説的なエピソードを残している人物です。
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『萬外山智園寺は曹洞宗の寺である。この寺格を得たのは、昭和24年である。以前は庵寺で、創立は寛文6年(1666)で、弘前清安寺の住職をしていた萬外澤大和尚によって開かれたと言われている。当時は寿外庵といわれ、当地区に存在する唯一の庵寺として信仰を深めてきた。尚、寺の境内には、門を入ってすぐ右側に天明の飢饉(1782-1784)の際、非業の死を遂げた人々を弔う供養碑がある。』
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萬外澤大和尚の名が見える卵塔や六地蔵など。
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開山萬外澤大和尚の名が見える墓碑や観音様(昭和19年7月13日・戦死者英霊供養)。
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中野目村と五林村で建立した天明の飢饉の供養塔。
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紀年銘は天保3年(1832)2月21日。「卯辰両年」とは天明3年(1783)と翌4年。
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その横にも石塔と地蔵がありましたが石塔は読み取れず、天明の飢饉の供養塔と関連するものかは不明。
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