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大豆田の稲荷神社。
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稲荷平と横浜町大豆田との境付近。陸奥湾に面しています。
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狐一対(平成6年8月16日・大豆田村中)。
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手水舎。
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末社。
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石などがありましたが荒れています。
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社殿。
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正徳2年(1712)勧請。由緒不明。
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社殿の周りにブロック塀。
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神社裏手は陸奥湾です。
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下北半島も近くに見えます。
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神社前の景色。
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「養地力而豊食」(昭和39年9月建立)。
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裏面碑文…『農業所得格差の是正が叫ばれつゝある現今、横浜町農民の宿願である、近代的自主営農の基礎を確立すべく、農業基本法制定と併せ、昭和36年度大豆田鶏沢両部落を対象にその地域300町歩の土地基盤整備事業を中心に農業構造改善事業を計画、設計を青森県土地改良事業団体連合会に委託昭和37年12月、主幹作目を原料乳パイロット地区として農林省の指定を受け、事業遂行の困難性を考慮し町役場に全国にさきがけて構造改善課を新設新たに大豆田土地改良区の認可を得て、昭和37年9月事業に着工した。特に畑、水田の区画整理、集団化事業については、農民が先祖伝来の土地に対する執着心と農地の分散が甚しいため換地には非常な苦労を伴ったが、土地改良区役員、並に受益者一体となり町当局の協力の下にあらゆる困難を克服して昭和39年全事業を完成所期の目的を達成した。草地造成(共同放牧地)50ヘクタールの国有地の構造改善事業については、全国に解放の類例がないため種々の困難をみたが、町長自ら解放陳情の陣頭に立ち、地元営林署、青森営林局の理解ある協力を得て之れが実現を見地元酪農振興に貢献した。茲にその事業を永久に記念して此の碑を建立する。(以下、パイロット地区構造改善実施事業及び功労者については省略)』
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