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妙法山蓮荘寺。
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『当寺は、もと常陸国(茨城県)水戸太田南沢にあったが、大檀那小場式部大輔義成公(大館初代城代、のち三代城代義房より佐竹の姓を名乗る)の大館遷封により、元和元年(1615)に移転、現在地に建立した。草創の開基は寿林院日峰と称し、京都大本山本能寺十五世日逞上人の弟子である。本堂に安置する釈迦多宝並座の三宝尊は、佐竹義竹公(大館四代城代)母堂瑞雲院殿の寄進によるものである。明治元年(1868)戊辰の兵火で堂宇ことごとく焼失し現在の本堂は、北秋田郡綴子宝勝寺の古刹を移したもので、明治11年(1878)の再建である。庫裡は、もと横山助成氏の邸宅であったが、大正15年(1926)に買収し、当寺に移した。往時は、法華宗八品派と称し、京都本能寺、尼崎本興寺の両大本山の末寺であったが、明治40年(1907)、本興寺の直末となり、今日に至る。』
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本堂。
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日蓮像。
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梵鐘。
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三頭木。
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寺務所。
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喜藏野口君碑(大正8年5月)。
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本堂の裏にある銀杏。
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その銀杏の下に神社がありました。
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手水舎。
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少し変わった造りです。
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蟇股。なかなか珍しい木彫です。立体感があり造りが細かい。
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鬼瓦。
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神額には福寿稲荷大善神とありました。地図には寺とは別に稲荷神社と書かれていましたが、きっとこの社のことでしょうね。蓮荘寺の敷地内(本堂裏手・墓所隣)です。
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稲荷神社の裏手には巨木が。
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特に説明はありませんでしたが、結構な大きさだと思います。
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その巨木の下には明徳龍神の小祠がありました。
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