イメージ 1
三本木稲荷神社大鳥居。
イメージ 2
イメージ 3
旧三本木町総鎮守。稲生町に鎮座。かつては蒼前林と呼ばれた地であり、清水が湧いていた場所であり、境内には駒形神社や大池神社もあります。『青森の伝説』によりますと、「三本木の稲荷神社のあるところは、昔、蒼前林といって、こんもりと茂った林であった。その中に河童が住んでいて、よく木々のこずえに登って遊んでいた。近くの畑で働く農夫たちが、よくこのさまを見つけて、騒いだという。木に登る河童の話は珍しい。」とあります。
イメージ 4
御祭神は倉稲魂命。
イメージ 5
三本木周辺は安政2年(1855)から盛岡藩士新渡戸傳によって開発が行われ、安政6年(1859)に上水工事が完成。新たに三本木集落開村にあたり、元集落の産土神であった千歳森稲荷大明神を現在地(旧蒼前神境内)に勧請したのが始まりと伝えられています。開発事業は新渡戸氏が死去した後も引き継がれ昭和41年に完成。稲荷神社も五穀豊穣の守護神として崇敬。明治6年郷社。現在の社殿は昭和29年に再建。 
イメージ 6
神社庁HPによりますと、安政6年に新渡戸傳の上水工事が成功するや、それまで蒼前神を祀っていた現在地に、旧三本木元村千歳森に鎮座し、元村部落の産土の神として崇敬されていた千歳森稲荷大明神を五穀豊穣の守護神として、三本木の産土神として、遷宮・創立・鎮座。 
イメージ 7
一.慶応元年5月11日御神輿を迎える。
一.慶応元年7月15日正一位千歳森稲荷大明神の宣下を受ける。
一.明治6年8月11日郷社に列せられる。
一.明治12年5月拝殿を新築し、同42年7月26日社務所を建築した。
一.明治42年9月11日神饌幣帛料供進使参向指定せらる。
一.現在の本殿・幣殿は昭和29年9月9日、拝殿は32年9月9日の建立になるもので、新形式を採用し、31間の端垣をめぐらしている。
イメージ 8
拝殿。
イメージ 9
イメージ 10
本坪鈴に混ざって鰐口もありました。
イメージ 11
唐破風懸魚。
イメージ 12
幣殿・本殿。
イメージ 13
イメージ 14
イメージ 15
広い境内。
イメージ 16
狐一対。
イメージ 17
イメージ 18
石灯篭一対(昭和6年3月)。
イメージ 19
イメージ 20
石灯篭一基(明治36年)。
イメージ 21
もう一基は倒壊。
イメージ 22
石灯篭一対。
イメージ 23
イメージ 24
狐一対(昭和41年9月11日)。
イメージ 25
イメージ 26
手水舎。
イメージ 27
面白い形ですね。
イメージ 28
手水石奉納碑には「御洗心所」とありました。
イメージ 29
二十三夜塔・三社託宣碑。
イメージ 30
社務所。
イメージ 31
御神木。
イメージ 32
三本木!!
イメージ 33
末社の駒形神社。
イメージ 34
イメージ 35
駒形神社を見ると南部って感じがしますね。
イメージ 36
狛犬一対(台座:昭和4年6月)。
イメージ 37
イメージ 38
大池神社。
イメージ 39
鳥居四基。
イメージ 40
イメージ 41
周囲は池のようになっており、橋を渡ります。
イメージ 42
イメージ 43
『水神竜神 十和田信仰』には「旧三本木町の総鎮守稲荷神社はなかなかの大社で、もと同地の開拓の恩人新渡戸伝の屋敷跡とか。境内に大池神社があり、水神を祀っている。」とだけあります。
イメージ 44
末社にもしっかりと鈴があっていいですね。
イメージ 45
周囲には石がたくさんありました。
イメージ 46
イメージ 47
イメージ 48
米田一穂句碑「穂田一望撥触れざまに鳴る太鼓」。
イメージ 49
稲荷神社。
イメージ 50
イメージ 51
イメージ 3
イメージ 2