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三番休みから上ってくると最初に見えてくるのが一の鳥居。
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これが一の鳥居なのか、現在これだけが残っているのは不明ですが。
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笠木部分は下に落ちてました。
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ここから少し登れば到着です。阿闍羅無線中継所が目印。
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あじゃらいただきの森トレッキング案内看板。
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トトロン迷宮の森には入りたくないですねぇ…方向音痴だし。お弁当広場がいいけど、説明によると「ウサギのウンコがあるので注意してください」とのこと。お弁当を食べる気分が失せる説明です。
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阿闍羅無線中継所。もう一息!
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二の鳥居が見えてきました。
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阿闍羅山大権現はまさに阿闍羅山の頂上に鎮座しております。
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鳥居と参道。
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阿闍羅山頂…『ここは標高709メートルである。中世のころ、山頂に蔵館大円寺の阿弥陀如来像の大日堂、古懸の不動堂、久渡寺の観音堂の三堂が建てられ「阿闍羅千坊」と言われていたと伝えられている。阿闍羅の地名は仏教とかかわっている。』
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大権現宮。
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社号標の横には紀年銘(大正8年8月1日)。再建時に奉納されたもの。
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明治24年村有志建立。明治22年に弘運海が2人の若い僧を連れて阿闍羅山頂に篭もった時、夢に岩木山頂本尊観音(金銅)が現れて、お告げがあったといいます。それで大鰐講中は神仏分離令で岩木山から遷された岩木山頂本尊を求め、苦労してようやく大鰐に勧請。その時、岩木山頂と同じように阿闍羅山頂へ大権現宮を建立し、岩木山頂仏を祀りました。
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御神体の元岩木山頂観音像は専稱院の阿闍羅堂に祀られ、建立年から始まった阿闍羅山お山参詣の日には阿闍羅山大権現宮に遷されるそうです。なお、祠内には本地仏の聖観音像が安置されているそう。
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石燈籠一対(八万舘村)。大正10年81日。
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秩父宮殿下御登山記念碑(昭和3年9月2日)。
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阿闍羅山頂整備記念碑(平成2年9月建立)。
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津軽霊峰阿闍羅山海抜709.1m(平成元年8月31日建立)。
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北門鎮護寳塔。北門鎮護の塔については平成9年発刊の「日精寺のあゆみ」に詳しく記されています。弘前市図書館で読むことができますよ。右面には北門鎮護寳塔碑文…『聖地阿闍羅は平安京の鬼門封じに三千坊を建立せりと傳ふ所本州の北端に磐石不動の神相を顯現して聳えたり戦局愈々危急の秋阿闍羅文化集談會は廣く浄財を集めて神州護持の大信念を標徴する北門鎮護の寳塔を山巓に建立し窮局の為協力する萬民の實相と郷土現況の大要を碌して塔中の秘筐に藏々是を後昆に傳へんとす醜虜何者ぞ朝暾夕暉に燦く寳塔を仰ぎ愈々大雄猛心を結集し以て怨敵退散皇土安穏を祈願し奉ると爾云ふ 松露山人撰文』※松露山人は葛西覧造氏の俳号。
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左面には立正安国。
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裏面…昭和21年8月1日建立。發起者:阿闍羅文化集談會。
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四阿。
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境内はちょっとした広場になっています。
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境内からの風景。
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先週は見えなかった岩木山がくっきりと見えます。
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リベンジしてよかった。
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