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水分補給して、おにぎり食べて、ろいやるふぁーむのヤギたちに餌をあげたら三番休みへ向かいます。
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道中はゴルフ場内を通る舗装された緩やかな遊歩道なのでかなり楽です。
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行者(三番休み)…『阿闍羅山が津軽山岳信仰の中心であったころ、ここに修験の行者堂があり、行者が山の霊力を身につけるため「籠もり行」をする行場であったと言われている。かつては、深い樹木に被われ、水神信仰の泉が湧く霊地として米や銭の浮き沈みでする占いもされていた。』
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阿闍羅山は平安時代から続く阿闍羅山千坊として知られ、山岳佛教の場として尊い山または霊山として名を馳せ、陸奥国文化発祥の地として多くの名僧や修験者を送り出しました。当時の修験行者が道中に足を休め、霊力を身につけた休み場が登山口から山頂までの間に3ヵ所現存しています。一番休みは登山口の赤倉神社付近、二番休みは難所の七曲がりを越した前平付近、三番休みは更に登って山頂へ行く途中のゴルフ場付近にあります。
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三番休みには行者堂があり、中にはいくつかの石碑が安置されています。石碑はほとんど破損しており、状態はよくありません。明治16年に山形県羽黒山湯殿山の井上弘運海木食上人が坊屋敷を訪ねた後、阿闍羅山頂に登って籠もり業をしました。これに大鰐の観音講中7人も同行し、行者へ観音堂を建てて共に業をしています。明治22年、弘運海は2人の若い僧を連れて再び阿闍羅山頂に篭もりました。
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中へ。
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奥に石碑が置かれています。
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中央の石碑は比較的状態が良いです。
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雰囲気は大日如来像かな。光背上部には「湯殿山行者■■世木喰井上弘海代建之」と彫られています。
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左右には大鰐の観音講中数名の名前(工藤加賀助・北川民治郎・藤田金右衛門・田中善吉・工藤三右衛門・佐々木甚吉・福嶋屋・成田など)が彫られています。
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こちらは…「弘前山ノ觀音?講中」かな。
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中央に金剛力士像が彫られています。
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その他の石碑はボロボロの状態で安置されていました。
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水神信仰の泉が湧く地というだけあり水が出るようになっていました。昭和の中頃まで占いが行われた神聖な場所ですが、昭和62年にこの付近はゴルフ場に拡張され、地形が大きく変わり、かつての行者清水は埋まってしまったそうです。昭和51年発刊の『水神竜神十和田信仰』(小館衷三)にも「頂上近くの行者の小屋にはきれいな水が湧いているし…」との記述があります。
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ゴルフ場拡張の整地の際に発見された五輪塔(上記の観音菩薩石像も発見されています)。行者堂の横にあります。何かが彫られているようですが読み取れません。しかし全体的に状態はかなり良好です。
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水輪の梵字だけがはっきりしてます。アーンク(大日如来)かなぁ。
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外にも蛇口があり、その横には官行造林記念碑。紀年銘などは苔で読み取れず。
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藪の中には回向柱らしきものが1本見えました。
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近寄れなかったので未確認です。
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いよいよ山頂に向かいます。
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