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久々に渾神の清水(いがみのしつこ)を訪れました。紹介するのは2度目かな。
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清水の由来…『この清水の名称「渾神」の語源は、平安時代の名将坂上田村麻呂にまつわるものとされています。古書に「延暦十年(791年)勅命によって東夷征旅の陣営にあった将軍は、悪質な眼病にかかり、大変苦しんでいたとき、この土地の産土神が、ある夜夢に現われて「汝の苦患を即時に取り除く霊泉、この山麓に在り」と啓示した。将軍は、その霊夢を信じ、遂にこの清水を発見して洗眼したところ、たちどころに全快した。それ以来、眼病の守護神として「目神の清水」ともいう。(要約)」と書かれています。古今稀に見る名将の難病を救ったこの清水は、その後霊泉と崇められ「渾神の清水」と名付けられたといわれています。この所は、古来より南部への主要間道でもあり、旅人を始め山にでかける村人が、山坂を登る前にこの清水でのどを潤し、一休みしては、出発する貴重な場所でもあったところです。昭和61年10月』
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相変わらず凄い水量。
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霊泉の碑(昭和57年5月1日(旧4月8日)建立)。
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薬師如来の祠。
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薬師如来と大黒様。
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こちらの石碑はほぼ読み取れませんが案内板があります。
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石碑の刻書…『延暦十季田村麿将軍奉詔征伐東夷陣阿蘇山偶患眼疾夢有神宣日従是十有餘町之山麓有冷泉叺可○眼○是阿蘇鎮守少彦名神○○絡忽然きょ(大+ム)日我山麓得冷泉○渓上渾漸流出将軍叺庶○也掬而洗眼○忽○○○○○○跪坐大○○謝神恩且名泉叺渾神渓水去今世上呼為今○渓水者是也霊泉混混○古神威恭恭可仰(木+尓(旧字))坐○石烏帽子座尚拝為謹而叙○由緒傳渓泉云○ 明治四十三年六月八日 大字唐竹人民総代人相馬新吉 紀念建立者同阿蘇神社氏子総代人原田伊太郎 同内山勘三郎 同相馬多作 同桑田金之助 神職山谷五百津 高○○○書』
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葛西松露句碑…「はなれてはまたも落ち合ふ清水かな」(昭和25年)。ジョッキの水がおいしそう。
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四阿。
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池。
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増田手古奈句碑…「づく鳴くや星の明りの見えそめて」(昭和61年)
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雪隠。そういえばなんで雪隠って言うんでしょうね。調べる気なし。
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再訪記事『句碑の丘 ・ 渾神の清水』

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