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寺町は江戸期は黒石城下の1町。黒石陣屋の東北に位置し、明暦2年の検地帳の名請人に寺町の町人が記され、陣屋の成立当初から町立てされていたと思われます。町内には寺院が多く並んでおり、享保3年寺社領分限帳によりますと、浄土宗名越派紫雲山来迎寺、浄土真宗大谷派齢松山感随寺・浄土真宗東派浄信寺、日蓮宗法輪山妙経寺があります。
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このうち感随寺は正保4年、休古の草創といわれており、元禄14年の浄土真宗一派縁起、文化15年の奥州津軽惣法中草創寺別帳にも見ることができます。浄信寺は国誌によりますと、感随寺の末寺で同寺の境内にあり、元禄4年玄通の草創といわれ、奥州津軽惣法中草創寺別帳にも見えます。
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本尊は阿弥陀如来。
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能登国鳳至郡穴水村の弘誓寺の次男休古が当地に移住し正保4年に1宇を建立し、本山の東本願寺から山・寺号を許されました。
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2世休可の時に弘前藩4代藩主津軽信政より郡内での勧進を許され、天保2年に梵鐘を鋳造(※現鐘楼はその謂れを刻んで平成17年に再興したもの。)。元禄4年には休可の養子玄通が塔頭の浄信寺を創建。
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江戸期は弘前の真教寺の配下。明治初年に五稜郭の戦いで避難してきた清水谷公考箱館知事が本営を置き、明治8年から10年にかけては第2大区警察出張所が設けられました。
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明治年間と昭和23年の2度にわたり火災に遭っています。寺宝に江戸初期津軽に配流の身となった花山院家藤原忠長の書状、忠長が使用したという七葉牡丹紋の膳・白瀬戸茶碗があります。
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『飛龍在天』。満州国熱河省庁次長だった岸谷隆一郎の書を刻んだ碑です。感随寺は岸谷家菩提寺。友人らが昭和46年に建立したもので、裏面には「日満両国人の信望と敬愛を一身に集めた」とあります。
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サルスベリ(黒石市文化財指定・平成12年12月6日)。その年の気候によって花の数が増減することから、古くから豊凶を占う木として檀家や周辺住民に親しまれています。
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『樹高9.5m、幹周130cm、根本周190.51cm、推定樹齢300年以上、県内有数の大木である。』
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