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かつての追子野木村で、黒石城下の南方、浅瀬石川南岸に沿って東西に開けており、隣接の久米村・中川村・浅瀬石村とともに弘前藩猿賀組に属していました。
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村の西端にある南神社(当初稲荷大明神・末社大石宮)は、延徳元年(1489)6月1日に浅瀬石城主千徳政久が勧請。
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慶長6年(1601)堂宇改造。宝暦元年(1751)改めて堂宇造営。
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明治3年に稲荷大明神を稲荷神社と改称し、同6年村社。
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昭和37年7月15日に生活合理化運動の一つとして当社(稲荷神社)と熊野宮(久米字若柳。天文3年(1534)2月勧請)を統合。
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御祭神は倉稲魂命、伊弉諾命、早玉男神、泉津事解男神。
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旧熊野宮はかつての中川村に鎮座し、久米村の産土神として明治26年に牛頭天王と共に久米に移転し、その後当社に統合されています。
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その名残りが本殿の裏手にあります。
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旧稲荷神社の社号標。
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旧熊野宮の社号標。
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横には八坂神社(牛頭天王)と熊野神社。
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本殿横の忠魂碑。
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散る桜 残る桜も 散る桜…
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狛犬二対。
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御大典記念之碑、明治百年参道舗装記念碑。
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社務所新築寄進御芳名。
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社務所。
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天皇陛下御即位五十年記念碑(渡り橋建設)。
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合祀記念碑・敬宮愛子内親王殿下御誕生記念之碑・神社由緒案内。
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由緒はほとんど読み取れませんでした。
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恐らく馬頭観音堂。
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立派な馬頭観音堂が並んでいます。
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