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真言宗別格本山 恵澤山 宝珠院 龍寳寺。大崎八幡宮の別当寺。御本尊は釈迦如来。
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大崎八幡宮に平行する坂道を上っていきます。
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中々の勾配です。
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坂の向こうにマンションがあるので勾配がわかりやすいですね。
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山門。
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寺号標。
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手水舎。
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境内に色々あって見応えがありますね。
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多宝塔。
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伊達朝宗公が龍寳寺を祈願寺としてから800年を記念して建立したもの(昭和63年)。
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干支の彫刻が施されていました。
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鐘楼堂。
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釈迦堂。
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法宝蔵。
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法宝蔵礎石。
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西国三十三観音。
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花塚。
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池。
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金剛華菩薩。
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『花は是れ慈悲より生ずる義を佛典に説かれるに花は佛の本誓である。慈悲も愛と知の象徴である。ここに全国華道門入の心のより処としての花の佛である金剛華菩薩を祀り草花の命に供養して密巌の世界に還生する事を願い花芸の上達を希本として造像開眼された。平成元年12月吉祥日。長田晴山作』
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稲荷大明神。
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額束には「有巴ヶ崎正一位稲荷大明神」とあります。鳥居の横には山神の石碑もありました。
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客殿(旧本堂)。大正14年に仙台市より譲り受けた最初の市役所の建物を改築したものらしいです。
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金堂(昭和59年再建)。
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龍宝寺縁起…『当寺は文治年間(1186)伊達家の祖朝宗公が再興して自家の祈願寺とした寺で、古くは奥州鎮守府の将軍坂上田村麻呂の鐘銘により平安期に創建されたものと推察される。祈願寺になってからは、中村、梁川、米沢、岩手山と伊達家に附随して、慶長年間(1598)政宗公により城北の当地、恵沢山に移創し境内に八幡宮を創建した。当寺十一世実済住職により米沢成島、大崎両八幡神が合併され、一宮に祭祀され、八幡宮の落慶法要の導師を勤め、以後明治に至るまでは龍宝寺八幡宮と公称された。当寺は藩主より270石を附され、頭堂6院、蓮乗院、龍成院、玉頭院、泉照院、東光院、別当坊にも各10石余、八幡宮の別当としての神供料を合わせると480石余に及んだ。更に藩一円に72ヶ寺の末寺をもち、城下最大の門前、龍宝寺門前(八幡地区一帯)を有していた。本尊の釈迦如来は八幡宮の本地仏として、綱村公により文珠、普賢両脇仏をそえ安置されたものであり、京都嵯峨清涼寺の模刻の北限ともいわれる。以前金売吉次が京より勧請した如来である。明治36年国宝に指定され、昭和26年国宝再編で国の重要文化財となる。ちなみにこの如来を出世如来、願掛け如来、子育て如来として信仰を集め、特に4月8日の花祭は世に知られるところである。』
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