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参道の途中に踏切があります。
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電車に気をつけて渡りましょう。
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右見て、左見て…。
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かつての長峰村になります。
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享保11年に杉浦村と駒木村を分村。
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貞享4年検地水帳によりますと、鎮守は八幡宮(社地494坪・林1町6畝)で、御祭神は誉田別尊。また、阿弥陀堂(堂地256坪・林8畝)も見えます。
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創建は不詳ですが、その歴史は大変古く、曽我氏の下長峰館の館神と伝えられます。寛永9年(1632)再建。また、安政2年神社書上帳によりますと、寛永9年創建の阿弥陀堂が見えます。
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御祭神は誉田別命・神功皇后(息長帯比売命)・比売命(奥津比売命・福徳カマド神)。
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明治5年に長峰稲荷神社、苦木熊野宮、駒木熊野宮を合祀。
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社殿内。
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紀年銘昭和12年の御神馬2対と鳩1対。
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大御神灯一対(昭和13年武運長久祈願)。
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右にはウサギ、左にはカメがいました。
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御神馬大小二対(紀年銘は昭和3年、昭和36年、昭和63年)。
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明治28年の狛犬一対(右長峰原子藤右衛門一家、左九十九森成田斧吉一家)。
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薬師堂と彫られていました。
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天保3年(1832)6月1日の石燈籠(長次郎他19名建立)。
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明治29年の狛犬一対(元長峰村中奉納、石工尾張国林安次郎)。
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明治12年の長峰八幡宮境内図には本殿左前に15坪の神楽殿が見えますが、現在は存在していないようです。
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本殿…蔦が…。
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本殿横に日露戦争戦捷記念碑。中央の祠は空っぽ。
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左の祠は阿弥陀堂。中には阿弥陀像。明治3年に長峰阿弥陀堂を八幡宮に合祀。阿弥陀堂は古来より八幡大神を祀っています。神仏混淆神社調査報告書によりますと、長利帯刀社司が次のように記しています…『阿弥陀堂は古来より八幡大神を祭り奉り候間、八幡宮と称し奉るべく存じ奉り候。尤も石の仏像に御座候』、『仏像の儀は、石像にてとても取り賦方、相なり兼候間、如何仕りべきや之旨(後略)』。つまり阿弥陀堂は八幡大神であるから八幡宮に合祀しますが、大石の像でとても差し出すことができないため、どうするべきか?という伺いの報告書。
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手洗水石。
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拝殿新築寄付記念碑。
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馬頭神社(大正3年)と庚申塚(天保14年)。
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境内にいたカタツムリ。踏むところでした。
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