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平河町一丁目3番地と4番地の間を北から南へ下る坂。
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車一台が通れるほどの細く直線的な坂道で、両脇にはお店が並んでいます。
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標柱より…『この坂を貝坂といいます。江戸名所図会には「この地は昔より甲州街道にして、その傍にありし一里塚を土人甲斐塚と呼びならはせしとなり。ある説に、貝塚法印といへるが墓なりともいびて、さだかならず」とかかれていますが、貝塚があったというのが現在定説になっています。』
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貝坂という土地名こそ残っていませんが、周囲には貝坂ビル、貝坂店などの名称が残っています。
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貝坂を上り切る途中で右折(平河天満宮方面)しますと中坂の坂上へと続きます。
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平河町一丁目、平河天満宮の西裏付近から社殿の南を報知新聞社脇まで下る坂。
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元禄4年(1691)の江戸図によりますと、平河天満宮の西裏参道はまだ描かれておらず、宝永以降の江戸図に現在のような道筋が現れます。
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標柱より…『この坂を中坂といいます。元禄4年(1691)の地図にはまだ道ができていませんが、宝永(1704-1711)以降の図を見ると町屋ができ、現在の道路の形とほとんど違いがないことがわかります。中坂の名称の由来については、はっきりしませんが、中坂をはさんで北側に町屋、南側に武家が並んでいる形をみると中坂の名称の起こりは、案外このへんになるのかもしれません。』
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後半の説明がルーズ(笑)
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こちらの地図では平河天満宮と馬場の間にありますね。
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