
岩木山麓東部、岩木川左岸に位置します。

すぐ横に墓所があります。

地内に三つの森があったころに由来する地名。

御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。創建不詳。明治6年4月村社。

貞享4年検地水帳によりますと、当村には法華宗感応院があり、同院抱えの観音堂と境内山が見えます。感応院は現在独狐にある感応寺のことであり、元和8年に当村に創立されるも、元文3年には独狐村へと移転したといいます。また別に村中抱えの観音堂地(六間に五間)があり、これは現在の三森神社を指すものと考えられます。郷土史によりますと社殿は萱葺で間口一間半・奥行二間四尺、奥殿は四尺に五尺位小羽柾葺・三方縁・前廂階段付、神楽殿は萱葺二間に三間。他に飛龍宮、天保2年の碑石と安永と嘉永7年(=安政元年)の庚申塚があります。

国誌によりますと境内30坪の三ツ森神社(本社三尺四方、佐屋九尺に二間、神楽殿二間に四間、鳥居五基)、鶴田の神明宮と小島の香取神を相殿。

元禄の社堂縁記や安政2年神社微細調等によりますと、「高杉組、三森村産神之社、千手観音堂壱宇」とあります。元は飛龍宮(飛龍権現・石碑には天保2年8月吉日紀年銘)と称しており、明治3年に神仏分離により三森神社へ改称。

狛犬怖い(笑)


明治40年神饌幣帛料供進指定。昭和21年4月8日法人令による宗教法人となり、昭和25年11月18日に国有境内地無償譲与許可。

石造大鳥居寄付者芳名碑、庚申塔(嘉永7年)など。




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