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御祭神は天照皇大神。
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由緒等は不明です。岩館という地名からして中世の古城があった場所でしょう。すぐ近くの石川城は13の郭の総称と言われ、別名を岩館十三楯ともいいます。もしかしたら現原田の古屋敷館(岩楯曾我氏)のことかも知れません。
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さて、貞享4年検地水帳によりますと、村抱えの観音堂地2畝余がみえます。
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下り松の観音堂は寛永年中の勧請と伝え、国誌によりますと、この観音堂は明治初年の神仏分離によって廃され、跡には原田村の神明宮と石郷村の闇おかみ神社が移されたといいます。
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ちなみに原田村の神明宮も石郷村の闇おかみ神社もそれぞれの地域に現存していることから、かつての観音堂地に明治の神仏分離によって天照皇大神宮と改称された当神社が鎮座し、一時的に原田村の神明宮と石郷村の闇おかみ神社が相殿となり後に復社というのが正しいと思われます。
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末社。
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山神とありました。
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塀で囲まれたこちらの末社は何だろう。
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立派な石燈籠まであります。
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石燈籠の中に大黒様。
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中には馬の絵などがあり、何やら石が祀られているようでした。
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塞神三柱碑(慶応4年:1868)と庚申塔。塞神は村の境などに建てられる境界守護の神。一般には衝立船戸神、八衢比古、八衢比売の3柱を指します。県内では意外にありそうでない現存が少ない石碑かも。
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目作農創設記念碑と村社紀念碑。
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