イメージ 1
かつての長沼村。
イメージ 2
天和4年の村絵図には大釈迦村の枝村として見えますが、貞享年間までには分村して独立。
イメージ 3
二の鳥居に平行してもう1つ鳥居がありました。
イメージ 4
2躰の神像が祀られています。
イメージ 5
その横には池らしきものもありました。
イメージ 6
大石神社二の鳥居の裏に加茂神社の社号標もありました。
イメージ 7
庚申塚(明治42年7月16日)。
イメージ 8
大石神社参道。
イメージ 9
イメージ 10
参道両脇に石灯籠と神厩舎。
イメージ 11
イメージ 12
イメージ 13
中には立派な御神馬がおります。暗くてすいません。
イメージ 14
庚申塚(天保3年7月16日)。下部に三猿も彫られています。
イメージ 15
警防碑。
イメージ 16
奉納玉垣・石段・除厄記念碑。
イメージ 17
読み取れなかった碑。
イメージ 18
こちらは物置。
イメージ 19
祭具等がありました。
イメージ 20
イメージ 21
境内から街を見下ろせます。
イメージ 22
狛犬一対。
イメージ 23
イメージ 24
御祭神は高皇産霊命、神皇産霊命、別雷命。
イメージ 25
享保10年7月3日村中建立。
イメージ 26
明治42年8月に徳才子村鎮守の加茂神社を協議の上で合祀。
イメージ 27
御祭神の別雷命は加茂神社合祀によるものです。
イメージ 28
イメージ 29
大正元年11月27日村社に指定。なお、境内にある由緒案内は上記とほぼ同一です。
イメージ 30
拝殿前狛犬一対(明治28年7月5日、長沼・徳才子両村)。
イメージ 31
イメージ 32
本殿。
イメージ 33
本殿横の末社。
イメージ 34
それぞれ神像が祀られています。
イメージ 35
こちらには大黒天や石なども奉納されています。
イメージ 36
大石神社のすぐ近くにあった鳥居。
イメージ 37
小祠が2つ。
イメージ 38
山神らしき神像1躰。
イメージ 39
もう1つには仏像等は無く、石が奉納され、中央には「釋迦堂日良」の文字、後方には薬師如来(昭和51年9月8日徳長部落勧請)の文字が見えました。貞享4年検地水帳によりますと徳才子村に薬師堂が存在しますが、勧請年月に照らし合わせるとその関連は不明です。
イメージ 40
イメージ 3
イメージ 2