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御祭神は誉田別尊。
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一町田字早稲田にも八幡宮がありますが、それとは異なります。地名の由来は集落の南端に松と杉の老木があったことによります。
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二本木村の産土神。明治4年に兼平村の天満宮に合祀され、その後深山村の深山宮に合祀。旧地に八満宮の小祠を復元。
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社殿は白塗りのブロック塀。
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社殿内。
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猿田彦の面がありました。
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その横には社殿改築記念とあり、紀年銘は昭和43年です。
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七福神の絵。
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『この地一帯は往時二本木八幡宮鎮座の境内地なれども明治6年4月神社制度改正に伴い深山八幡宮に合祀廃社となり、然れども講中の諸人達挙げて廃社を惜しみせめて境内地を後世に伝え遺さんものと工藤惣吉外廿九名が相議し金弐拾五円にてこれを一町田部落より譲り受け更に明治四十一年十一月廿五日弘前市一番町工藤東左エ門より所有権移転登記を完了し爾来境内地及び山林を共同管理し現在に至れり。たまたま大正四年山林伐採に次いで本年第二回の伐採をなしその収益をもって二本木共同墓地整備並に児童遊園地設置及びこの地への道路改修に充て広く社会に益せんとす今回植林を記念し経過の概要を誌し伝えおくものなり 川崎光晴書』
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