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参道がそこそこ長いのですが、車でも行けそうです。
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かつての川辺村で、貞享4年検地水帳によりますと、修験常伏院抱えの観音堂・熊野堂地が見えます。
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享和3年寺社領分限帳によりますと、坂上田村麻呂創建と伝える熊野権現宮と延宝4年創建の観音堂が見えます。
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熊野宮の勧請は大同年間としています。御祭神は伊弉諾命、伊弉冉命。
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津軽一統志によりますと「初開年号不詳坂上田村麻呂建立焉往古真言宗寺院退転メ而今号ス新城館ト有大根子村領」とあり、堂社帳又は山伏によりますと、「川辺村熊野宮者従古来雖有之建立之由緒不分明其後明暦四年村中之者再興別当常福院」とあるそうです。(参照:青森県神社庁HP、田舎館村誌)
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明治8年に中島小畑八幡宮矢沢正八幡宮から分離する際に当熊野宮から堂を譲り受けているようです。
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明治42年に和泉の村社稲荷神社を一時合祀するも後に復社。
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樹齢450年以上といわれるエゾエノキが有名です。
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エゾエノキ大樹…『エゾエノキ大樹は、樹齢450年以上、樹高17.0m、幹周・主幹570cmを計測する。この種の樹木は、高木となることから境界や一里塚などの道しるべとして植えられたり、神社やお寺の神木や縁起樹として植えられることが多い。この種のエノキ科の樹木は、腐植菌に犯されやすく、樹齢が短いとされており、このような巨木は珍しいといわれている。日本にはエノキ科の原生種が4種あるといわれる。ほとんどの種は温暖な地域を好み自生しているが、このエゾエノキだけは本県や北海道のような寒冷な地域でも自生する。熊野宮は「津軽一統誌」によれば「初開年号は不明だが、坂上田村麻呂が建立した真言宗派の修験神社で、大根子領にあった」とされている。』
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皇紀二千六百年記念・樹齢四百年記念碑。
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護馬神(三千石堰留切工事紀念碑・昭和2年11月)。
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幕内一乃矢藤太郎顕彰碑。田舎館出身の力士。碑には詳細な経歴が書かれていました。弘前市内に、曾孫さんでしたっけ?…が営業している一乃矢食堂があります。ちゃんこラーメンが食べれますよ。
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川部小学校閉校記念碑。碑文には明治10年創設・昭和61年3月に統合に伴い閉校とありました。横には二宮尊徳像もありました。
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御神馬。
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馬頭観世音。
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日本海中部地震震災復旧記念碑(昭和58年5月26日)。
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末社。
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末社前の標柱は『摂政宮殿下…』とまで読めます。
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遷宮記念堂。
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狛犬一対と石灯籠。
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力士熊野川兵衛碑。
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戦没者慰霊碑。碑文…『大東亜戦終戦後30周年を記念し、我々従軍者は相謀り困難に身命を賭して投身され国家の礎となった英霊を慰め後世に其の遺跡を賛え国家の隆盛と平和を祈念するものであります。昭和50年8月15日川部和泉郷友会』
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踊師鈴木多作氏勇退記念碑。
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末社。
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豪快に倒れている御神木。
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遷宮記念碑(浅瀬石川右岸築堤工事に伴い現在地に移転改築)と御大典記念碑(平成2年11月12日)。
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御大典紀念碑(大正5年8月14日)。
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第58回式年御遷宮皇大神宮紀念碑。
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日露戦役記念碑。
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