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飯詰にあります大日如来堂。入口は鳥居ではなく冠木門。境内はまさに神社といった感じです。
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こちらの小さな祠には不思議な石が。
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手前の人形?と後ろの石の模様がどことなく同じに見えません?
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宝暦2年(1752)もしくは宝暦12年(1762)に大日尊軆を大泉寺が引き受け建立。御祭神は大日如来、金剛海。その他の由緒等はわかりませんが、同じ五所川原市の広田神明宮のすぐ近くにも似たような大日如来堂があります。広田の神明宮は明治3年の神仏混淆の際に御祭神を天照皇大神に改め、社名を神明宮とし、それまで祀っていた大日如来像は別に堂宇を建立しそこへ遷したといいます。憶測ではございますが、五所川原市飯詰字福泉にも神明宮があり、こちらも似たような経緯かも知れません。
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また、境内には坂上田村麻呂像があり、ありがちな由緒ではありますが、坂上田村麻呂が東夷東征の際に社殿を建立し、十一面観音を祀って戦勝祈願し、後の明治の神仏分離令により一時的に神明宮となっていたとか。
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なぜ大日如来が神明宮に?って思う方もいるかも知れませんので簡単に説明しますと、中世の神仏混淆で本地垂迹説が広まってくると、天照大神には観音菩薩(十一面観音菩薩)が当てられ、やがて大日如来となり、両部神道が登場すると天照大神は宇宙神である大日如来と同一視されるようになるのです。
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