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下田町(江戸期・下田村)に位置します。御祭神は足仲彦尊(第14代仲哀天皇)。
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文明9年(1477)に木ノ下の農民松林喜蔵が福井県敦賀市にある氣比神社より足仲彦尊(第14代仲哀天皇)を祭神として賜り、無病息災、五穀豊穣、家畜安全を願い勧請したと言われます。7月の第1土・日曜の例大祭には絵馬の店が並び、家畜安全、無病息災等を願う板絵馬や紙絵馬が売られます。
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国誌によると、江戸期に木崎野馬護神・木下蒼前堂・馬頭観音堂などと呼ばれ、藩営の木崎野牧の馬護神として祀られ、馬を飼う者は遠くからも参拝したと言われています。
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案内版より。
由緒…『人皇82代 後鳥羽天皇の御代、源頼朝が奥州征伐の時、陸奥国に廣々とした馬の生産地が開けているのに著眼。政策の中心 牧場経営のため、加賀美次郎遠光の三男 南部三郎光行を派遣し南部馬を生産、地方民にも馬の生産奨励。爾来、馬の生産盛んになり、地方民の無病息災・延命長寿・五穀豊穣・大漁成就・家畜安全等を願い、建久2年甲斐国の加賀美次郎遠光をして、越前国一之宮で北陸道総鎮守として名高い氣比神宮の御祭神 足仲彦尊を賜り、この郷に勧請す。古来、地方民の崇敬篤き古社にて、毎年神賑祭日は南部地方はもとより他地方より多くの参詣者あり。』
御神徳…『氣比は笥飼と稱へ、食物を司り家畜を養う神。夙に農業・漁業・家畜に對する御神徳著しく、古来、五穀豊穣・航海安全・大漁成就・家畜安全祈願が行われ、現に農・漁・家畜農家の崇拝極めて篤い無病息災・延命長寿の神なり。』
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欅そうぜん神。
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漢字はこれ。
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由緒…『古代のものと推定される、大人十人程で抱えた欅の神木があり、人々は「おそうぜんさまの欅」と呼び、当神社象徴の巨木であった。大昔より暴風雨に耐えて来たこの古木も、度々の台風で太い大きな枝が折れ落下すること再三、幹には大きな割れ目が入り虫が住みつき小鳥が巣を作り、次第に危険な状態がすすみ已むなく危険木として伐採する。何世紀もの間、人々にやすらぎと力を与え生活を見守り続けて来た神木に、感謝の誠を捧げ切株上に社を建て後世に伝えるべき祭祀奉る。』
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氣比神社の末社の一つ、山登(やまあげ)神社。
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山登(やまあげ)神社由緒…『(人々はヤマカケ神社と呼んでいた)。祭神(向かって左より)…左:春日神社・天照皇大神・八幡宮、中:湯殿山神社・月山神社・羽黒山神社・十和田山神社、右:幸比羅神社。古頃より、当地方では八甲田大岳登山信仰が盛んで、毎年時期になると、若者達が早期(暗いうちに)氣比神社と山登神社に、無病息災と登山の安全祈願をして出発した。帰還後は、無事登山出来たお礼のお参りして後に、草鞋を欅の枝に投げ掛けてから解散した。都合により登山出来なかった人達は、登山者と一緒に参拝することで、登山をしたと同様の御加護があるとの信仰があった。』
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