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承応元年(1652)8月創建。
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肥後国菊池武時の末裔釈良善開基。
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庫裏正面にある黒松は明治26年7月13日に本堂再建記念として檀家から寄進されたもので、当時で樹齢250年を越えていたとされ、昭和62年に鰺ヶ沢町指定天然記念物に指定。昭和7年1月の大火で一部が焼け枯れたが現在はその痕跡がありません。庫裡が正面になるように植えられています。
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墓地入口にある松本禽翁の墓は昭和58年に鰺ヶ沢町指定有形文化財に指定。
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右側面に安永5年8月9日没、洛丈右斎門人伴松庵其梅書、左側面に辞世が刻まれていますが、摩滅して読めません。洛丈石というのは禽翁の師早川丈石のことです。句は「身の躍まつ越えて彼岸かな」。
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願行寺の住職が白八幡宮の神輿を修繕した縁で、白八幡宮の例祭で行われる神輿渡御では願行寺山門前で休止し住職の迎えを受けることが習わしになっています。 
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鐘楼。
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寺前に新町の標柱がありました。
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「港に隣接し、塩の荷揚場などがあり、塩を取り扱う家が多かった。そのため、寛文11年(1671)に米取り扱いの米町とともに塩町と命名された。新町の草創は元和元年(1615)頃。その後寛永年間に天童山を崩して新しい町が拡げられた。元禄16年(1703)の絵図には戸数34とある。」
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