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中野神社といえば紅葉の季節が最高なのですが、それ以外の時期は人が少なく、とても気持ちのいい場所です。紅葉は唐内坂の御屋敷の庭の手入れをしていた御庭師栗原養吉郎他が植えたという記録があります。
紅葉記事
中野もみじ山 (黒石市)
中野神社 (中野もみじ山)
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夏でもライトアップしている時期があるんですよ。
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南中野の東側、中野紅葉山の下に鎮座。
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御祭神は日本武尊、岩戸姫命、田村麿命、大山祇命、倉稲魂命、小彦名命。
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津軽三不動の1つで旧郷社。延暦14年(795)に坂上田村麻呂が建立と伝えます。
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浅瀬石川郷土誌によりますと、慶長(1596-1615)以前に既に社殿があり、山形の不動堂と呼ばれていました…ちょっと由緒話は置いておいて先へ進みましょう。
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社務所。
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ご協力お願いします。
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参道を進みます。
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川柳の杜…参道にはたくさんの川柳句碑があります。
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相当な数です。川柳好きはこれだけでも楽しめますね。
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竹内清明君像。
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日露戦役紀念碑(明治39年旧9月8日)…その横の川柳…『酒酌めば妻もポリスも怖くない』(笑)
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境内に不動の滝があります。
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不動橋。
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不動橋から不動の滝。
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特に遺構はわかりませんが中野不動館城跡でもあるんですね。
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9代藩主寧親公手植えの楓(享保3年4月)。
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黒石津軽家11代承叙公奉納の御手水鉢石(自然石・慶応4年2月)。
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不動橋を渡ると随神門。
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左大臣(昭和53年11月3日・櫻庭貞三寄進)。
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右大臣(昭和53年11月3日・櫻庭貞次郎寄進)。
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随神門横には中野神社の対植えのモミ一対(県天然記念物)とその横にあった石碑。
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女坂。
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男坂。
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巴太鼓に乗っている鶏(にわとり)の石像一対。
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鶏像はお不動さんのお使いとされているそうです。
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さて、話を戻して…中野神社由緒によりますと、天正(1573-1592)の頃に社殿が兵火で焼失しましたが、黒石領2代領主津軽信敏が再建し社領米を寄付。その後の領主も剣・幡・手洗石などを奉納。
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万延元年(1860)の津軽道中譚には「黒石の御祈祷所」とあります。
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寛永2年(1625)以来花山院忠長は度々ここに参詣し、直筆の「鎮国殿」の額を奉納したといいます。
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中野のお不動さま…『延暦19年(800)田村麿将軍が東夷征伐の折、当国の守護神として日本武尊を当社に勧請。御神体の不動尊は唐僧、円智上人の作で、中国天台宗の開祖、智嶺の附弟、人皇33代、推古帝(604)が13年に来朝し聖徳太子に勝曼経、法華経を奉り、同18年太子の命に依り当国に来たり。推古帝18年(609)4月8日、一木より三体を彫刻。一体は、長谷沢の東光山五輪寺、一体は、古懸山国上寺に、一体を、ここ中野の黒瀧山に勧請。世にこれを津軽三不動尊と称せられる。』
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手水舎。
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狛犬二対。
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社殿内。
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社殿の蟇股・木鼻。
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本殿。
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中埜神社神楽殿。
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小川を挟んで…
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坂上田村麿命を祀る祠。
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横には不動明王と恵比寿様の石碑もありました。
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報恩記念碑…『明治卅一年吾廿七才ノ時病気ニ懸リ三年間アラユル医師ノ治療ヲ受ケタガ少シモ効果ナク卅一才ノ時明治卅四年四月三週間不動明王ニ病気平癒ノ祈願シタ処同月廿八日夜中不動明王現レ胸部及腹部ニ恰モ針ヲ刺サレタ様ニ感ジ全身為メニ苦痛ニ堪ヘヌ程ノ苦シサデアッタガ次第ニ平癒シタ事ハ畢意不動明王ノ御加護ニ依ルモノデアルト固ク信ジテ居ルモノデアリマス 不動明王ノ御加護ニ依ッテ吾年八十二才迄頗ル壮健デ農事ニ従事シテ居ル事ハ何ント感謝シ奉ルトコロデアリマス 依テ報恩ノ為メ記念碑ヲ奉納スル所以デアリマス』、裏面…『昭和廿八年九月廿八日 南中野青木平吉八十二才 長男平八郎四十五才 孫賢十九才 敬白』
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社殿横の鳥居と石段。
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石段途中に末社稲荷神社。御祭神は倉稲魂命。
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石段を最上部には末社山神堂。御祭神は大山祇命。
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本殿横にある天の岩戸様。御祭神は岩戸姫命。
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その隣に薬師堂。御祭神は小彦名命。
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本殿拝殿架橋新築紀念碑。
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中野神社には樹齢200年のもみじをはじめ、樹齢600年の大杉、樹齢200年のモミの木などが生育し、いずれも市の天然記念物に指定されています。
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社殿前にある樹齢500年のスギ。
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神社裏手から更に先へ進めます。
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樹齢600年のスギ。
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観楓台付近。
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観楓台。
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ふれあいの森方面へ。
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キビタキの広場。
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日だまりの森方面へ。
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樹齢700年のスギ。
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一周して坂上田村麿命を祀る祠付近へと出てきました。
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最後に全部は無理ですがいくつかの句碑を紹介します。
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小林不浪人川柳碑…「あきらめて歩けば月も歩き出し」、「動中に静を求めて煙草の輪」。
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井上日石句碑…「水韻神に応ふ秋光盛んなり」。
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高松玉麗句碑…「浄く生きる心たゝかふ秋の風」。
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後藤柳允川柳句碑…「すこしずつ義理ある人を妻にいう」。
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中林瞭象川柳句碑…「雪を恋い雪を恐れて古希至る」。
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西谷東山・佐藤遊子句碑…「天地人みんな優しい風を待ち」西山東山、「一本の道より知らぬ土踏まず」佐藤遊子。
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後藤蝶五郎・山田よし丸合同川柳句碑…「退いて見る世の中の面白さ」蝶五郎、「一に人二に人三に和が足らず」よし丸。
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大町桂月文学碑…「ひとしほの木の葉は散りて散り残る楓の山の美しきかな」。
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