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小泊村下前175ノ1。大祭は新暦4月14日。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。
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尾崎神社の分社として元文2年(1737)下前村内建立。尾崎神社の祭典や参拝、その他の行事で権現崎まで登るのは大変な苦労であったため、氏子が相談して村内に分祀。よって御祭神は尾崎神社に同じ。本殿の彫刻は、大坂方面から船で運ばれてきたものと伝え、鄙には珍しいすぐれたもの。昭和55年8月、本堂の鞘堂と拝殿を新築。
下前の産土(オボスナサマ)である熊野神社は土地の守り神。外国から稲をもちこみ普及させたという伝承がありますが、漁の神としての信仰を集めております。下前では三地区から選ばれた8人の総代がおり、祭典を執行するのはタイユウサマと呼ばれる神職で、小泊村内は尾崎氏。各村のオボスナサマの祭りで共通するのは津軽神楽を奉納すること。祭典は小泊(尾崎)、市浦(工藤、松橋)、車力(松橋)、中里(松橋)、金木(笹木)、五所川原(松橋、斉藤)の神職グループが担当。神楽は普通カミイリマイ、センザイ、ホウケン、イソナミ、テンノウの五番を舞います。娯楽なかった時代、オボスナサマの祭礼は下前熊野宮の4月14日から始まり、翌日の小泊、十三の神明宮へと続きました。
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参道に建てられた石造手摺りの柱は村内の船主の寄進。
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狛犬。
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昭和46年忠宝丸奉納とあります。神社を後にして海へ行きましたら同じ名の船がありました。
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こちらの狛犬は風化が激しく、かつての風貌はわかりません。
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あっ、狛犬もこのように金具が入っているのですね。
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町指定文化財の船絵馬が奉納されているそうですが、鍵がかかっていて見れませんでした。拝殿内に奉納された舩絵馬は往時の繁栄を偲ばせてくれます。代表的な船絵馬としては「明治■■長栄丸 永坂福太郎 20反帆 八人乗り 三角帆着装」「寶福丸 成田兵■ 20反帆 八人乗り 三角帆着装」(明治33年旧6月1日)。船の手前下方には3人の神様と思われる人物が描かれている珍しいもの。他に北嶋藤太郎奉納永宝丸、明治29年太田佐市郎奉納永福丸の船絵馬もあります。当社の歩みを知る上での資料として播磨屋が奉納した2枚の掲額があります。「奉納覚播磨屋六兵エ衛 熊野神社みかげ石燈籠一基 嘉永六丑ねん二月 熊野神社 尾崎神社 みかげ石鳥居一對 辨天宮 安政四巳年二月村内安全繁栄祈申候敬白 熊野神社 播磨屋十五代磯野繁雄65才〃多美60才 美龍書㊞我祖先の御心を敬いて四方につらばりしも集め重ねて御納め候也 昭和48年4月14日御神楽記念 何時までも変りなく 子孫八十續に至るまで 栄えしめ給願候」。他に「大正七年旧正月拾六日 誠玉筆十八年 赤石太吉」とある熊谷直実が、沖へ逃げて行く平敦盛を、扇をかざして呼び返すおなじみの源平合戦の一場面を描いた絵馬も奉納されています。

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境内には稲荷神社(本殿壁に印されている信者のサインによると福井や仙台など村外の人が多く、年号としては弘化2年と記されており、それ以前から祀られていた社とわかります。下前港に風待ちした船が海上安全・大漁祈願をしたものと思われます。昭和55年本殿に鞘堂をして拝殿も新築。御祭神は豊受姫大神。)、庚申塔、二十三夜塔(小泊では特に農家が中心となり豊作祈願)、保食神(昭和39年10月27日佐藤勝雄奉納)、石神、岩木山なども祀られています。
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ありました…
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岩木山。
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平川市図書館蔵の「木村日記」(元治2年4月の記事)に小泊の話があります。「小泊村産神堂ノ傍宮地之内裏通り山ヲ崩ウィ候処 銅佛九十余躰穿上候由 金佛共いふ説あり 今年十三町奉行本田郡蔵殿也」。十三町奉行から報告されたのを聞いて書き留めたものと思われ、これらの仏像は大変貴重なものであると考えられますが果たしてどこへ…。産神堂は神明宮か熊野神社か…。

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