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天下御免!!ようこそ秀吉のふる里へ。元気が出るたまげだ温泉。
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そういえば昔元気が出るテレビに出ましたね(笑)
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小田川藩帝国(ODAGAWA INDEPENDENCE)。
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城主はもちろん羽柴秀吉氏。
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総理官邸や宮内庁は閉鎖されています。
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金の鯱…本当に金だったりして。
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内濠。
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帝国海軍省の建物が見えてきました。
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小田川帝国ミサイル防衛施設局です。
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『陸・海・空三軍共同開発核弾頭迎撃ミサイル(パトリオット・スーパー・ファイター)最新ヴァージョン国士防衛システム54基配備。目的、北朝鮮テポドン迎撃システム多国籍軍侵略阻止(小田川国防省・陸・海・空)。ISBM核弾道ミサイル保有国、地対空ミサイル・スッカド改。地対地ミサイル羽柴セブン。地対空高射砲レッカウラン弾その他防衛兵器破壊力世界3位・軍事政権。(ミサイル数千発・戦闘機・戦車部隊・海軍・攻撃部隊、原子力第7艦隊機動部隊、以下軍事機密)。国連核拡散防止条約脱退。NATO軍加盟国、6ヶ国軍事同盟、(小田川国、日本、アメリカ、イギリス、フランス、中国)以上6ヶ国軍事体制。関係者以外の立ち入り禁止。この場所付近は核弾頭から万一放射能が漏れているおそれがありますから一般の人の立ち入りは固く禁ずる。海軍省参謀長。小田川帝国国防省国主羽柴秀吉』
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核弾頭から放射能が漏れている…
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冒頭で言ってくれ(笑)
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すぐ目の前には小田川城本丸が見えます。
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科学文部省入口。
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遠くに教会もしくは病院らしきものが見えます。
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ズームしたけどよく見えません。
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「めだかの…」って書いているようにも…学校?(笑)いずれにせよ小田川藩文部省公認なのは確か。
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建設省羽柴企業工業団地入口。
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トイレ。
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羽柴環境科学工業。
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運輸省…
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っていうか車庫と駐車場。
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ここが主要施設跡地。
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かつてこの場所には立派な平等院鳳凰堂がありましたが全焼(2000年)。
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その後、国会議事堂として再建されましたが再び全焼(2010年)。
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かつての姿を見たい方はネットで画像検索でもしてください(笑)
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秀吉の湯という施設だけは焼け残ったようです。
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焼け跡から望む本丸。
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無駄にいい景色である。
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丘の上に何かが見えます。
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国防省でした。
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国防省の敷地内に見えるのがかつて世間を賑わせた北朝鮮テポドン迎撃システムISBM核弾道ミサイル。
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1998年に北朝鮮が発射したテポドンが津軽海峡を通過したことに危機感を抱き、その後、テポドン2号を警戒して設置されたもの。
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第二次世界大戦時にドイツ軍がイギリスに向けて発射したV1ロケットを参照に作られています。かつて米国の偵察衛星に察知されて、つがる市の自衛隊が偵察に訪れたこともあるといいます。
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楽市楽座。
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小田川城稲荷神社です。
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御祭神は…羽柴秀吉?(笑)
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手水舎。
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社務所。
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楼門。
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仁王門。
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社殿。
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社殿正面から参道を望む。
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神社全貌。
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社殿からの景色。
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無駄にいい景色である。
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楼門越しに本丸。
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最後に遠く離れた喜良市の立野神社境内から望む本丸と共に御由緒を(笑)
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『天正7年(1579)羽柴筑前守、秀吉は、織田信長の命を受けて、奥州、津軽地方喜良市部落の山林「大判沢」という所に金採掘の為、総勢13500人の兵を連れてやって来たという。その時、喜良市と嘉瀬の間の小田川城から司令を出し、金山採掘の人夫達の宿泊の場となったのである。その時、羽柴秀吉は喜良市部落の酋長、喜良市三上佐助高敬の長女、とら姫と縁を結び、その長男は羽柴と三上の2つの姓を名乗り、津軽の守護代として、数百年続いたという説である。現在は17代城主羽柴誠三秀吉の手により、平成2年、7月25日、小田川城を復元したのである。小田川城主 羽柴誠三秀吉』
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