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御祭神は倉稲魂神、高おかみ神。
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鳥居が新しいですね。
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何かが描かれている石碑。
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「嘉永五壬子八月廿四日」の文字はわかります。
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創建は正徳年間(1711-1715)ですが月日は不詳。正徳年間、工藤一族の祖工藤荘司という者が堂祠を建立して深く崇敬したと伝えます。※新撰陸奥国誌によりますと延宝2年(1674)に野添村から移ったと言われる稲荷神社あり。※境内に力石1基あり
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宝暦10年(1760)4月16日、小野河遠江守祠官の時、村中にて社殿を改築、文化2年(1805)3月15日、小野河靭負が社殿を新築御神楽を奉納。
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天保15年(1844)5月21日、新たに稲荷大明神の御神像を勧請し尊崇。
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嘉永元年(1848)10月10日、社殿を修復し同3年5月8日、祠官小野河遠江守行京の時、正一位稲荷大明神の御神号を受け、益々御神威を高めて民衆の尊崇を集めました。
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明治42年11月18日、許可を得て中郷村北田中に鎮座していた村社高おかみ神社を合祀。明治42年6月10日、村社に列格し法人の届け出。昭和21年6月17日、宗教法人令に依り届け出。昭和26年3月31日、指令第496号を以て国有境内無償譲与。昭和28年3月10日、宗教法人による設立登記完了。
『水神竜神 十和田信仰』(小館衷三著)に「北田中には高おかみ神を祀る清泉があるが、野添の稲荷社の摂社として移され、跡に記念の碑と小祠を建てて祀っている。」とありました。
また、当野際地区(野木和部落)に残る伝説として、『青森の伝説(森山泰太郎・北彰介)』に「七福神の井戸」(おタミの井戸)という伝説が紹介されています。長いのでここでは紹介しません。興味のある方は読んでみてください。
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