
かつての堀越村枝村の川合村。

堀越村は慶長16年に弘前城を築城するまでの間、弘前藩の城下町として、神社・仏閣・商家が立ち並び栄えました。

廃城後は一村落として存続。羽州街道の道筋(弘前の次の宿継場)としても栄えましたが、貞享2年には往来差止めとなり、小栗山村を経て石川村へ抜ける羽州街道が作られてからは徐々に衰退。貞享4年検地水帳には山伏養蔵坊抱えの熊野社(堀越城本丸跡地)と稲荷社、村中抱えの山神社、観音堂、権現堂地、妻神社地があります。


こちらの熊野宮の由緒等についてはわかりません。

狛犬一対。


眼力強いです(笑)

社号標の裏。

二十三夜塔と読み取れない碑(たぶん馬頭観音か青面金剛)。

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