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茶畑児童公園(通称ラカン公園)にある五智如来と十六羅漢の尊像。ラカン公園は祇陀寺の末寺宗龍寺跡地(※宗龍寺は明治維新後に祇陀寺に併合され廃寺。堂宇は明治17年11月の大火で焼失)になります。
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江戸時代の盛岡藩の4大飢饉といわれる元禄・宝暦・天明・天保の大凶作により多くの餓死者が出ました。その供養のために祇陀寺14世住職天然和尚(のち宗龍寺3世)が建設を発願。
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天然和尚は志半ばで病に倒れられ、弟子の仙北町長松寺13世住職泰恩和尚(のち宗龍寺4世)が受け継ぎ、天保8年(1837)10月に工事に着手し、嘉永2年(1849)6月に竣工。
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起工当時は仙北町長松寺前の長屋を借りて石工たちは起居し、別に近くの荒蕪地に小屋掛けをし仕事場としたといいます。この時、長松寺の大檀那佐藤清右エ門氏が深くこの仕事の前途を気遣い、泰恩和尚とはかって釈迦如来の像一体を試作させたところ大変出来栄えがよく、これにより、関係者一同は安心し、また石工も愈々自信が強まり、着々と仕事が進んだといいます。この試作の釈迦如来像一体の工費はすべて佐藤清右エ門氏が喜捨してこれを長松寺に寄進。現在も長松寺の墓地に鎮座しており、そのお顔は茶畑らかん公園の方を向いているように見えると言います。
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五智如来は密教の金剛界曼荼羅に登場し、大日如来を中心に東西南北に配された仏。茶畑児童公園の五智如来は左から一列に並びます。
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大日如来。
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多寶如来(宝生如来)。
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釈迦牟尼如来(不空成就如来)。
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阿弥陀如来。
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阿しゅく如来。
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続いて十六羅漢。
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賓度羅跋羅墮闍尊者。
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迦諾迦跋釐堕闍尊者。
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戍博迦尊者。
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蘇頻陀尊者。
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那迦犀那尊者。
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跋陀羅尊者。
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迦哩迦尊者。
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伐闍羅弗多羅尊者。
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諾距羅尊者。
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半託迦尊者尊者。
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羅怙羅尊者。
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迦諾迦伐蹉尊者。
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因掲陀尊者。
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伐那波斯尊者。
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阿氏多尊者。
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注荼半諾迦尊者。
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